新型コロナウイルス感染症に関わる差別のない社会を作るための会長声明
新型コロナウイルス感染症は瞬く間に世界各地に拡散し、日本国内及び沖縄県内においても終息の見通しは全く立っていません。
私たちは多くの不自由を余儀なくされています。経済活動は縮小し、多くの事業者が経営難に陥り、雇用は著しく不安定となり、子ども達の教育の場が大幅に減少しています。誰もが先行きの見えない不安を抱えているにも拘らず、心の安定をもたらしてくれる娯楽施設や友人との会食すら、私たちは避けなければなりません。
未知のウイルスは、私たちに大きな不安と恐怖を与えます。どこに潜んでいるかわからないウイルスへの恐れは、そのままウイルスの感染者や、感染者かもしれない人々への恐れへと変わります。患者の家族や同僚、患者の治療にあたる医療従事者、感染拡大地域の住民、帰国者、外国人へと、恐怖の対象は広がっていきます。
そして、恐怖は差別へとつながります。恐怖から身を守るために、私たちは恐怖を与えるものを嫌悪し、排除し、差別します。患者の個人情報をインターネット上に晒したり、患者の家族の家に落書きをしたり、医療従事者の子どもの保育所利用を拒否したり、他府県ナンバーの車を煽ったりといった差別行為が日々報道されています。
感染症の恐怖から生み出される差別は、地域や時代を問わず人類が経験しているものです。たとえば、かつて私たちはハンセン病や後天性免疫不全症候群(エイズ)等の患者に対し不当な差別を加えました。
その教訓をふまえて成立した「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」第4条は、「国民は、感染症に関する正しい知識を持ち、その予防に必要な注意を払うよう努めるとともに、感染症の患者等の人権が損なわれることがないようにしなければならない」と定めています
ところが、私たちは再び過去の過ちを繰り返そうとしています。
私たちは連日テレビやインターネットで報道・拡散される新型コロナウイルスに関する新しい情報に振り回され、右往左往しています。根拠のない情報やうわさ話は、未知のウイルスに対するさらなる恐怖と嫌悪を引き起こします。そのプロセスは、ハンセン病や後天性免疫不全症候群の患者についてかつて犯した過ちと共通する面があります。
新型コロナウイルスは、人々に恐怖を与え、差別を助長し、社会を分断させる作用を持っています。そのような負の作用に打ち勝つために、今、私たちに求められることは、感染症に関する正しい知識を持ち、「正しく恐れる」ことです。そして、患者ら一人ひとりが置かれた立場を想像し、思いやることです。
誰もが新型コロナウイルスに感染する可能性をもっています。運悪く感染して命の危機に直面している人々や、最前線で治療にあたっている人々の過酷な状況を想像すれば、私たちがなすべきことは、彼らを排斥して差別することではなく、正しい知識に裏付けられた行動、すなわちこまめな手洗いや消毒、外出の自粛などであることが理解できるでしょう。
新型コロナウイルスに関わる差別を防ぐためには、私たち一人ひとりの行動と自覚が必要です。そして、私たちに大きな影響を与える行政と報道機関の責任は、さらに重大です。
行政と報道機関は、新型コロナウイルスに関する正しい知識と情報を、可能な限り分かりやすく、迅速に伝えて下さい。根拠のない言説が流布している場合には、それを正して下さい。
行政と報道機関は、差別を助長するような表現・報道を避けるよう、細心の注意を払って下さい。特に地域社会のつながりが強固な沖縄県において、感染者個人の特定につながるような情報の開示には最大限の注意を払って下さい。
沖縄弁護士会は、新型コロナウイルスに関わる差別を防止し、患者やその家族、同僚、医療従事者、帰国者や外国人ら一人ひとりの人権を守り、社会全体の連帯を保持するために、全力をもって取り組んでいく所存です。
2020年(令和2年)5月1日
沖縄弁護士会
会 長 村 上 尚 子