決議・声明

緊急事態条項の創設に関する会長声明

 近時,災害対策を理由の一つとして,国家緊急権を具体化した緊急事態条項を創設すべきとする憲法改正論議が提起されている。

 ここに国家緊急権とは,戦争・内乱・恐慌・大規模災害など,平時の統治機構では対処できない非常事態において,国家の存立を維持するため,国家権力が立憲的な憲法秩序を一時的に停止して非常措置を取る権限を言う。

 国家緊急権は,一時的にせよ行政府への強度の権力集中と人権制限を容認するものであるから,行政府による濫用の危険性が高く,基本的人権の尊重と権力分立を旨とする立憲主義を破壊する危険性を孕んでいる。実際,ドイツやフランスなどでは国家緊急権が濫用され,国民の権利・自由が制限された歴史があり,国家緊急権が規定されていた大日本帝国憲法下の日本においても,国家緊急権の濫用によって国民の人権が不当に侵害された歴史があった。日本国憲法は,かかる歴史的反省に鑑み,あえて国家緊急権条項を規定せず,非常事態への対処は,立憲的な憲法秩序のもとで法律によって整備することに譲ることとされたのである。

 そして,すでに災害対策に関する法制は,かかる枠組のもとで十分に整備されている。すなわち,非常災害が発生して国の経済や公共の福祉に重大な影響を及ぼすような場合には,内閣総理大臣は災害緊急事態を布告し(災害対策基本法105条),生活必需物資等の授受の制限,価格統制,及び債務支払の延期等を決定することができる(同109条)ほか,必要に応じて地方公共団体に必要な指示をすることもできる(大規模地震対策特別措置法13条1項)。警察庁長官を直接指揮監督し,一時的に警察を統制する(警察法72条)など,内閣総理大臣への権限集中の規定が存在する。また,防衛大臣は,災害時には,都道府県知事等の要請を待たないで部隊等を派遣することができる(自衛隊法83条)。さらに,都道府県知事の強制権(災害救助法7条~10条),市町村長の強制権(災害対策基本法59条,60条,63~65条)など,私人の権利を一定の範囲で制限する規定も設けられている。これら以外にも,緊急事態に対応するための法律の規定は多数存在しており,十分に整備されているため,憲法上の国家緊急権を認めるべき必要性はない。

 これに対しては,事前に整備された法制度の下でも東日本大震災では政府の初動対応が極めて不十分だったことを理由に,憲法上の緊急事態条項を創設する必要があるとの

意見がある。しかし,政府の初動対応の問題は,上記法制度を活用した事前準備がなされていなかった点に起因する。災害対策に必要なのは,災害時に生じた混乱や被害の原因等の問題点を検証して,その対策を策定し,上記法制度を活用した事前の準備を進めていくことであるにも関わらず,災害対策に関する事前準備を怠り,災害法制を十分に活用できなかった点に最大の原因があるのであって,既存の法整備に不備があったからではない。

 災害対策に対しては現在の法制度の下で十分対応可能である以上憲法改正による緊急事態条項の創設の必要性がなく,むしろ立憲主義を破壊して国民の権利・自由を不当に奪う危険性を大いに孕んでいるため創設すべきではない。

 よって,当会は,緊急事態条項を創設することに反対する。

 

                              2016年(平成28年)5月11日

                                 沖縄弁護士会

     会長 池 田  修

 

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