医療観察法の施行延期を求める声明
「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察に関する法律」(以下「医療観察法」という。)は、2003年7月16日に公布され、公布後2年以内に政令で定める日に施行されることとされている。
この医療観察法は、対象者に対し、厚生労働大臣から委託を受けた指定医療機関において、医師、看護師等を手厚く配置し、医師等による専門的な精神療法を頻繁に行うとともに、作業療法などを通じた社会復帰に関する評価を行うなど高度な医療が提供されることを前提とするものである。
ところが、医療観察法の施行を間近に控えて、同法の施行のために不可欠であるべき指定医療機関の整備が大幅に遅れていることが明らかになっている。
第162回国会における衆議院法務委員会(本年6月8日)において厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部長は、「全国でおおむね二十四カ所、七百床を確保するということで整備に努めているところでございますが・・(中略)・・現時点では、三カ所、九十床程度の整備になっているということでございます」ということを認め、「仮に本来の指定医療機関の整備に不足を生じるという場合があるとすれば、それに対しては、法律の趣旨、精神障害ゆえに重大な犯罪を犯した人に対して手厚い医療を施してその方の社会復帰を目指すという本来の趣旨に沿った医療が提供されるような形で、何らかの代替的な対応についても検討することが不可避ではないかと考えております」としながら、その「代替的対応」については、「関係者の意見をよく聞いた上で、どういうことが対応可能かについて英知を集めて対応を検討することになるのではないかと考えております」との答弁に終始するのみである。
指定医療機関の確保もできないまま医療観察法を施行するならば、直ちに深刻な指定医療機関不足という自体が生じ、対象者の人権に重大な影響を及ぼすことは明らかであり、指定医療機関が整備されないまま、医療観察法の施行に踏みきることは、無責任極まりないものと言わねばならない。
また、医療観察法34条1項は、同法による医療を受けさせる必要が明らかにないと認められる場合を除き、裁判官は、鑑定その他医療的観察のため、当該対象者を入院させ、在院させる旨命じなければならないとしているが、この鑑定入院中の医療及び行動制限をともなう処遇については、医療観察法自体には何ら規定がなく、精神保健福祉法の適用も除外されている。
このように、鑑定入院中の対象者に対しては、何の法的基準もないまま、医療と行動制限について現場の医師の判断に委ねられることとなるが、行動制限という人身の自由についての重大な制約について法的基準がなく、鑑定入院中の適切な医療の確保についても法的保障がないということは、極めて深刻な問題である。
さらに、医療観察法の救済手続中には、鑑定入院命令の取り消しもしくは変更を求める準抗告しか規定されておらず、鑑定入院中の医療及び行動制限につき是正・救済する手続規定は存しないが、救済手続の保障もないまま、対象者の同意に基づかない医療及び行動制限という人権に対する重大な制約を行うことは、許容されえないものである。
このように、医療観察法のもとでは、鑑定入院中の者は、適正手続が全く保障されていない状態に置かれているといわねばならない。
よって、当会は、医療観察法が予定する指定医療機関の確実な整備を実現するために不可欠な措置がとられ、且つ、鑑定入院中の対象者の医療、処遇及び救済手続に議論を尽くして対象者の人権を擁護するために必要な立法措置がとられるまで、2005年7月に予定されている医療観察法の施行を延期することを求める。
2005年(平成17年)6月28日
沖縄弁護士会
会 長 竹 下 勇 夫