決議・声明

やんばる地域について効果的な世界遺産登録に向けた取組みを求める意見書
 
2017年(平成29年)5月12日
沖縄弁護士会
会長 照 屋  兼 一
 
意見の趣旨
 
 国,沖縄県及び沖縄県北部三村(国頭村,大宜味村,東村)は,協力して,下記の点を含め,やんばる地域について効果的な世界遺産登録に向けた取組みを行うべきである。
 1 保護区(世界遺産登録の対象地域)の範囲を大幅に拡大すること
 2 北部訓練場について,返還跡地(北半分)を世界遺産登録地域への編入することのほか,残存区域(南半分)についても生物多様性維持の観点から保護に向けた取組みを行うこと
 3 生物多様性を活かした仕組み作りを行うこと
 
意見の理由
 
第1 やんばる地域の世界遺産登録に向けた動きと現状
 1 琉球諸島及びやんばる地域の生態系・生物多様性
   琉球諸島(鹿児島県のトカラ列島,奄美諸島,沖縄県の沖縄諸島,先島諸島,大東諸島)は,湿潤な海洋性気候の影響により世界的にも希少な亜熱帯照葉樹林が分布し,太古からユーラシア大陸や日本列島との結合・分離を繰り返してきた独特の地史により,島・地域ごとに生物が独自の進化を遂げてきた。その結果,多数の固有種,希少種が生息し,照葉樹林,マングローブ林や珊瑚礁などの多様な生態系が維持される,世界的に見ても類を見ない生物多様性の高い地域となっている。その琉球諸島の中核となるのが,やんばる地域(国頭村,大宜味村,東村)である。
 
 2 世界遺産条約
   1972年に採択された世界遺産条約(日本は1992年に締結)は,人類にとって普遍的な価値を有する世界の遺産を人類のかけがえのない遺産として保護していくことを目的とし,そのための方策の一つとして,世界遺産委員会が作成する世界遺産一覧表に締約国の遺産を記載する制度(世界遺産条約11条,いわゆる登録制度)を設けている。世界遺産として登録されるためには,その遺産が顕著で普遍的な価値を有することに加え,その価値が将来にわたって維持されることが必要であり,保護区の設定をはじめとしたいわゆる保護担保措置が必要である。
 
 3 やんばる地域の世界遺産登録に向けた動き
   日本では,2003年5月,政府が設置した世界遺産候補地に関する検討会において,「知床」,「小笠原諸島」と並んで「琉球諸島」が世界自然遺産の登録基準に合致する可能性が高い地域として選定されており,2013年1月には,日本政府が「奄美・琉球」を世界遺産暫定一覧表に記載した。
   その後,世界自然遺産登録の対象地域が,沖縄県のやんばる及び西表島,鹿児島県の奄美大島及び徳之島に絞られ,2016年4月には西表島において国立公園(西表石垣国立公園)の大規模な拡張,2016年9月にはやんばるにおいて国立公園の新規指定(やんばる国立公園)などが保護担保措置として法整備された。
 
 4 世界遺産登録推薦書の提出と今後の予定
   以上を踏まえて,2017年2月には,「奄美大島,徳之島,沖縄島北部及び西表島」の名称で,世界遺産登録推薦書が日本政府からユネスコに提出された。
   世界遺産登録推薦書では,世界遺産としての顕著な普遍的価値として①生態系及び②生物多様性が挙げられており,①生態系については,「大陸から分離し,小島嶼が成立する過程において,地史を反映した独自の生物進化が見られる」とされ,②生物多様性については,「国際的にも希少な固有種に代表される生物多様性保全上重要な地域である」とされている。
   今後は,世界遺産委員会の諮問機関である世界自然保護連合(IUCN)の現地調査及び評価を経て,2018年夏ころ世界遺産委員会において最終的な登録の可否についての審査が行われる見込みとされている。
 5 沖縄弁護士会の取組み
   沖縄弁護士会では,公害対策・環境保全特別委員会を中心として,やんばる地域をはじめとした沖縄県内の貴重な自然環境を保護することが重要な人権課題の一つであるとの観点から,これまで関係機関へのヒヤリングのほか,やんばる地域,西表島,奄美大島などの視察を行ってきた。
 
第2 やんばる地域における生物多様性の保護とその持続可能な利用の必要性
 1 生物多様性の意義と保護の必要性
   やんばるの価値として掲げられている生物多様性という概念は,地球上のすべての生物の種内の多様性,種間の多様性及び生態系の多様性を指すものであるが,とくに20世紀後半以降,急速に世界レベルで生物多様性が失われてきた。このことは,人類の存立する根本的な基盤を崩壊させ,また重要な遺伝資源を減少させるという点で人類にとって脅威であり,それゆえ1992年に開催された地球サミットで生物多様性条約が採択され,また日本でも2008年に生物多様性基本法が制定され,生物多様性国家戦略も策定された。沖縄県も,2013年3月に生物多様性おきなわ戦略を策定し,沖縄らしい自然と歴史,伝統,文化を次の世代に引き継いでいくため,基本施策の一つとして「生物多様性の損失を止めること」を掲げた。やんばるの生物多様性は,沖縄県ひいては人類の貴重な財産であり,これを毀損することなく,次世代に引き継いでいくことが何よりも重要である。
   世界遺産登録制度は,世界の遺産を人類のかけがえのない遺産として保護し,次世代に残していくことを目的とするものである。したがって,世界遺産登録制度も,上記のようなやんばるの生物多様性の保護のための一つの手段として,最大限利用されることが必要である。その意味で,効果的な世界遺産登録を行うことが,やんばるの生物多様性を保護し,次世代に引き継いでいく契機となるのである。
 
 2 生物多様性の持続可能な利用
   このような生物多様性の保護は,必然的に開発に対する一定の制約を要請するものであるが,単純に経済活動を制約するものと考えることはできない。すなわち,環境基本法4条が「環境への負荷の少ない健全な経済の発展を図りながら持続的に発展することができる社会」の構築を求めているとおり,経済的な発展も,環境負荷を低減した持続可能なものでなければならないからである。このような持続可能な発展ないし生物多様性の持続可能な利用(生物多様性基本法1条)は,世代間の衡平(1992年の地球サミットで採択されたリオ宣言第3原則「発展の権利は,現在及び将来の世代の発展及び環境上の必要性を公平に充たすことができるよう行使されなければならない」)という観点からも強く要請される。さらに言えば,地域の生物多様性を毀損する経済活動は,将来世代の負担のもとに一時的な経済的利益を追求するものであり,地域経済にも悪影響を与える。
 
 3 やんばる地域における開発の経緯
   上記のとおりやんばる地域は,琉球諸島の中でも特に顕著な普遍的価値を有する場所として世界遺産登録の候補地とされているが,主として沖縄の本土復帰(1972年)以降,土地改良事業,ダム事業,林道事業,伐採・造林事業などの大規模公共事業による開発が進み,自然環境が破壊されてきた地域でもある。近年では,土地改良事業やダム事業などは行われなくなり,林道事業については計画自体は存在するものの,現在は10年近く休止状態になっている。一方で,伐採・造林事業については,皆伐による森林伐採が毎年10ヘクタール近い規模で行われるなど,現在も開発による自然環境の破壊が続いているのが現状である。
 
 4 現在の開発と持続可能な生物多様性の利用
   やんばる地域で現在行われている伐採・造林事業は,一定の範囲の樹木や草木を全て伐採する皆伐という方法で行われ,生物の生息地を破壊・分断するばかりか,赤土の流出などにより海洋環境を含めたやんばる全体の生態系に影響を及ぼすものとなっている。伐採された樹木の多くは経済的価値が低いチップ(木破片)となるにすぎないが,伐採後の森林整備事業に対して補助金が支出されため,経済的にも非効率な森林伐採が行われているのが現状である。森林伐採は村有林で行われており,民間の林業業者が森林を育成して利益を得るというような経済活動は存在せず,限定的な労働提供の場となっているにすぎない。このような方法での生物多様性の破壊は,次世代の負担のもとに地域の貴重な資産を毀損するものであり,また,持続可能な生物多様性の利用と評価することもできない。
 5 生物多様性の保護・持続可能な利用と世界遺産登録
   やんばる地域における世界遺産登録は,このようなこれまでの開発のあり方を転換し,やんばるの自然を将来世代に遺産として引き継いでいくこと,そのような生物多様性を活かした持続可能な経済発展へと転換するための,重要な契機となり得るものである。実際にも,世界自然遺産に登録された地域では,観光産業をはじめとして自然を活かした地域づくりを行うことにより,それまでにはなかった経済効果が生じて地域経済が活性化しているのは周知のとおりである。
 
第3 やんばる地域においてより効果的な世界遺産登録を行う必要性
 1 以上のような視点に立って現在の世界遺産登録に向けた案を検討すると,やんばるの遺産の保護として必ずしも十分なものとはいえない。
 
 2 保護区(対象地域)の範囲の大幅な拡大
   まず,世界遺産登録推薦書では,やんばる地域について保護区(世界遺産登録の対象地域)として推薦する区域が5133ヘクタールとなっているが,これはやんばる地域全体(おおむね3万4000ヘクタール)の約15%にすぎない。推薦区域は,保護担保措置とされているやんばる国立公園における特別保護地区及び第1種特別地域とほぼ重なっているところ,2016年には第1種特別地域に隣接する第2種特別地域で約5ヘクタールの皆伐が行われていることから分かるとおり,推薦された保護区以外の場所では,緩衝地帯とされている3268ヘクタールの区域を含め,大規模な開発が継続するおそれがある。やんばる地域は,非常に狭い地域の中に多数の固有種,希少種が生息しており,そのさらにごく一部を保護区とするだけでは,個体群の孤立化と分断を招き,総体として生物多様性を維持することが困難となる。
このことは,西表島においては,1万8835ヘクタールが推薦地域とされ,緩衝地帯である5542ヘクタールと合わせると,島全体(おおむね2万8000ヘクタール)の実に90%近くが保護区とされていることとは対照的である。
やんばる地域でこのような保護区が設定されたのは,沖縄県が2013年10月に策定した「やんばる型森林業の推進」の施策方針で示されたような現在の開発計画に対して規制を及ぼさないことを前提としたことによる。しかし,やんばるの生物多様性を遺産として保護するという基本的な視点からすれば,むしろ現在の開発計画を見直して広範囲な保護区を設定すること,そのような厳格に保護された自然を基盤とした経済活動を目指すことが必要である。
 
3 北部訓練場の返還跡地(北半分)の世界遺産登録地域への編入と残存区域(南半分)での生物多様性の保護に向けた取組み
世界遺産登録推薦書で設定された保護区は,在日米軍基地である北部訓練場(約8000ヘクタール)に隣接している。北部訓練場は,北半分が2016年12月に返還されたが,南半分の東村高江集落を取り囲んで6つのヘリパッドが建設された。高江集落周辺は,やんばるの中でも自然度の高い地域として知られていたが,度重なる工法変更により伐採範囲が拡大し,完成したヘリパッドではオスプレイを初めとした米軍機が日常的に訓練を行うことになる。九州弁護士会連合会は,2010年10月,「やんばる地域をはじめとして,すべての地域で効果的な生物多様性地域戦略を策定することを求める宣言」を採択したが,その中で,「やんばるの貴重な生態系の中で,約8000ヘクタールをも占める北部演習場について保全措置がとられないと,地域全体の生物多様性の保全は不可能である。したがって,日米地位協定を改定したり,またその運用を改めるなどして,米軍施設・区域内においても生物多様性地域戦略による調査や保全が行えるようしていかなければならない。」と指摘し,「米軍施設・区域内についても地方自治体において環境調査を行うこととし,その実現を国及び米軍に求めていくこと」を求めた。
上記の宣言にあるとおり,やんばる地域の生物多様性の保護を図るに当たっては,北部訓練場の存在を無視することはできない。そのためには,北半分の返還跡地を将来世界遺産登録地域に編入することが必要である。また,南半分に残った現在の北部訓練場についても,やんばる全体の生物多様性を維持するという観点から,たとえば地元自治体などによる環境調査を実現したり,生物多様性の毀損を阻止するための制度の構築を含め,生物多様性の保護に向けた取組みが必要である。
 
4 生物多様性を活かした仕組み作り
世界遺産登録も,単に登録すればよいというものではなく,地域の自然を活かすための仕組み作りが必要不可欠である。具体的には,必要な条例整備をはじめとして,エコツーリズムの推進や観光協会の創設,ガイドの育成のほか,農林水産業や加工業などへの波及効果を見越した経済の活性化策が必要になる。これらは主として地域の住民や市町村が主体となって進めていくことになるが,たとえば西表島のある竹富町では,「自然と人が共に生きるまちづくり」を目指し,竹富町自然環境保護条例を改正して町内に生息する野生動植物の保護措置を拡充したり,エコツーリズムやガイドの整備を図る一方,オーバーユースを避けるための適切の利用のためのルール作りを目指して,住民と市町村が一体となって取り組んでいる。
竹富町をはじめとした全国各地で行われている,世界遺産登録を契機とした,適切な利用を前提とする経済の活性化に向けた取組みは,やんばる地域においても大いに参考になる。
 
第4 おわりに
誰でもひとたびやんばるの森に立ち入れば,息をのむような大木や可憐な花々,動物たちの気配に圧倒されるものである。このような生物多様性豊かなやんばるの自然を将来世代に引き継いでいくことは,今を生きる我々世代の重大な責務である。当会は,そのための方策の一つとして,国,沖縄県及び沖縄県北部三村(国頭村,大宜味村,東村)が協力して,効果的な世界遺産登録に向けた取組みを行うことを求める。

 

以 上

 

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