那覇空港滑走路増設事業の事業計画内容の再検証を求める意見書
2013年4月24日
沖縄弁護士会
意見の趣旨
国及び沖縄県は,那覇空港滑走路増設事業について,環境保全の見地から事業計画の内容を再検証すべきである。
意見の理由
第1 本件事業の概要と進捗状況
1 本件事業の概要
現在,国(内閣府沖縄総合事務局,国土交通省大阪航空局)は,那覇空港滑走路増設事業(以下「本件事業」という。)を計画している。本件事業は,現在,滑走路が一本である那覇空港について,現在の滑走路の沖合約1300メートルの位置に,現在の滑走路と平行に2700メートルの滑走路を新設し,連絡誘導路により現在の滑走路と連結することを内容とした事業であり,総事業費は約1980億円とされている。
那覇空港の現在の滑走路の沖合は,サンゴ礁,海草,藻場等の生息する浅海域となっており,周辺の海岸は大嶺海岸と呼ばれている。本件事業は,大嶺海岸の沖合の公有水面を160ヘクタール埋立てる計画であり,公有水面埋立てに伴う海域改変区域は180ヘクタールに及んでいる。
本件事業の目的は,滑走路一本では将来の需要に対応できないことを理由として,「那覇空港の将来需要に適切に対応し,沖縄県の持続的振興発展に寄与するため,また,将来にわたり国内外航空ネットワークにおける拠点性を発揮しうる」ために実施される旨,説明されている。
なお,本件事業自体は国の事業であるが,計画当初より積極的に計画案を推進し,国に対して事業の実施を要望してきたのは沖縄県である。
2 本件事業の進捗状況
本件事業については,2003年から2007年度にかけて国や沖縄県が「総合的な調査を実施し,2008年度以降,引き続き国土交通省が作成した「公共事業の構想段階における計画策定プロセスガイドライン」に基づき,複数の滑走路案が検討対象となった。その結果,ほぼ現在の案が採用され,現在,環境影響評価法に基づく環境影響評価手続が進行中である。2012年9月には,環境影響評価準備書(以下「準備書」という。)が作成され,2013年3月8日には,準備書に対する沖縄県知事意見が国に提出された。
沖縄県は,かねてより国に対して本件事業の早期着工と工期の短縮化を要望していたが,2013年1月現在,国は,工期を当初7年の予定であった工期を5年10か月程度に短縮し,2014年1月の着工を目指すとしている。
なお,沖縄県知事意見では,水の流れを良くする装置の設置方法やサンゴの移植方法を慎重に検討することなどを求めるともに,工期を7年から5年10カ月に短縮する際は,工事による騒音や振動,潮流への影響などについて,適切に環境影響評価を実施するよう求めている。
第2 本件事業予定地の重要性
1 我が国及び沖縄県における沿岸域の現状
(1)沿岸域の重要性と大幅な減少
海の沿岸域は,「海岸線を挟んで海域及び陸域を含む帯状の区域」をいい,本件事業予定地も海の沿岸域に属する。
沿岸域は,陸と海と大気の接点であり,多様な生物の生息場所となっており,とくに海域の干潟,海草・藻場,サンゴ礁には多様かつ複雑な生態系が維持されており,生物多様性にとって極めて重要な場所である。
しかし,一方で埋立て・浚渫,海砂利の採取,人工構造物の設置などの開発・改変により浅海域が大幅に縮小しており,我が国においては高度経済成長期における開発により,海岸の人工化,干潟,藻場の縮小,サンゴの減少などが大規模に進んでいる。
1971年に採択された「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」(いわゆるラムサール条約)は,干潟をはじめとした水辺環境としての湿地の重要性に注目しその保全を図ろうとするものであり,これ以来干潟の保全は国際的な課題となった。その後1992年の環境と開発に関する国連会議(地球サミット)におけるリオ宣言,アジェンダ21と生物多様性条約の採択などを経て,沿岸域の保全は生物多様性保全の中でも特に重要な構成部分であることが認識されるようになっている。
生物多様性条約第10回締約国会議において定められた新戦略計画(愛知ターゲット)においても,「2020年までに生態系が強靱で基礎的なサービスを提供できるよう,生物多様性の損失を止めるために,実効的かつ緊急の行動を起こす」とされており,「生物多様性と生態系サービスのために特に重要な区域を含む沿岸及び海域の少なくとも10%を保護地域システムやその他の効果的管理による保全をすること」との目標が定められている。
2011年3月には,海洋の生物多様性の保全及び持続可能な利用についての基本的視点と施策の方向性を示すことを目的として,海洋生物多様性保全戦略が策定されている。
沿岸域の保全は,世界的な課題として認識されており,海洋国家である我が国においてはとくにその必要性が高いものといえる。
(2)沖縄県の沿岸域の現状
ア 沖縄県の沿岸域は,かつてはサンゴ礁により形成されるイノーや干潟が広く発達していた。しかし,大規模公共事業,とくに埋立工事によって,現在ではその大部分が失われている。
米軍統治下においては,港湾施設建設のための埋立てのほか,宅地確保目的での泡瀬内海の埋立て(1960年着工)などにより,多くの面積が埋め立てられた。
とくに,沿岸域の開発が進んだのは1972年の本土復帰以降である。経済発展と地域振興の名の下に,平安座島の石油備蓄基地及び海中道路の建設(1973年着工)を皮切りに,各地で広大な面積の埋立てが相次いだ。
1980年代には,糸満干潟(300ha),北谷干潟(50ha)が埋立てにより消滅したほか,90年代以降も,南西諸島最大の干潟と言われた川田干潟(300ha)が新港地区埋立事業により失われた。なお,この埋立区域は自由貿易地域(FTZ)として計画されたが,現在では広大な空き地となっており,事業の失敗が明らかになっている。その他にも与那原干潟(140ha),与根干潟(160ha),宇地泊干潟(35ha),安根干潟(35ha)など,広大な面積の干潟が埋め立てにより消滅している。
イ 1972年から2011年までの間で,沖縄県の面積は26.55平方キロメートル増加しており,その大部分は埋立てによるものと考えられている。沖縄セルラースタジアム1061個分,八重瀬町の総面積(26.9平方キロメートル)に相当する面積である。2000年から2010年の10年間の沖縄県の埋立面積は,7.06平方キロメートルであり,全国で4番目となっている。また,上記の沖縄県の埋立面積(7.06平方キロメートル)が沖縄県全体の面積(2276.15平方キロメートル)に占める割合も0.310パーセントであり,長崎県についで全国2番目となっている。沖縄県は,全国的に見ても沿岸域の開発と,それに伴う自然環境の劣化が激しい県であるということができる。
ウ 上記のとおり,沖縄県の沿岸域は,自然環境の面で風前の灯火の状態にあり,少なくとも現在残っている沿岸域について,これを保全・保護していくことが喫緊の課題となっている。
2 弁護士会の取り組み
(1)日本弁護士連合会の取り組み
日本弁護士連合会は,1977年の第20回人権擁護大会において「海と海岸線の保護に関する決議」を採択し,その後も沿岸域の保全や公共事業のあり方について調査・研究を重ね,具体的な提言を行い,また諫早湾干拓事業,泡瀬干潟埋立事業等,個別の事業についても積極的に意見を述べてきた。
2012年10月に佐賀市で開催された第55回日弁連人権擁護大会においては,「豊かな海を取り戻すために~沿岸域の保全・再生のための法制度を考える~」というテーマでシンポジウムを行い,「豊かな海を取り戻すために,海岸線の新たな開発・改変の禁止,及び沿岸域の保全再生の推進を求める決議」が採択された。その内容は,国などの機関に対して,①現状の海岸線を保全し原則的に開発・改変をしないこと,②生物多様性の保全等の基本原則を踏まえ,沿岸域の再生に向けたより実効的な法制度の整備を行うこと,③沿岸域の地方自治体が主体となって具体的取組を実行できる制度を創設し,そのための予算措置など積極的な支援を行うこと,などの施策を求めるものであった。
(2)沖縄弁護士会の取り組み
沖縄弁護士会では,公害対策・環境保全特別委員会を中心として,このような歯止めのかからない沿岸域の開発を人権課題の一つと位置づけ,いくつかの取り組みを行ってきた。
泡瀬干潟については,2008年1月28日に「東部海浜開発事業による泡瀬干潟埋立事業計画の再考と,工事の中止を求める会長声明」を発表したほか,複数回にわたり会長声明を発表している。
本件事業予定地については,2011年5月17日及び2012年7月10日,沖縄弁護士会公害対策及び環境保全特別委員会員により視察を行い,下記に指摘する貴重な自然環境が現存していることを確認した。
2012年9月2日,沖縄弁護士会では,「豊かな海を取り戻すために~沿岸域の保全・再生のための取り組み」と題して,日本弁護士連合会第55回人権擁護大会(佐賀)のプレシンポジウムを開催し,沖縄の沿岸域及び大嶺海岸調査に関する報告を行った。上記第55回人権擁護大会においても,同様の報告を行った。
3 本件事業予定地の自然環境の貴重性
本件事業予定地周辺は,大嶺海岸と呼ばれており,豊見城市と那覇市にまたがるように位置している。那覇市の海岸線は,都市化にともなってほとんどが埋立てられ,人工海岸となっている。とくに沖縄の本土復帰以降の急速な埋立ての中で,大嶺海岸の海岸線は,「那覇市にとっては奇跡的に残った最後の自然海岸」(那覇市環境マップ(那覇市環境保全課))である。準備書においても,事業実施区域の海岸域の多くは自然海岸である旨明記されている。
事業者は本件事業予定地において現地調査を行っている。その結果によれば,海域生物に限っても植物プランクトン85種類,動物プランクトン58種類,魚卵79種類,稚仔魚105種類,魚類646種類,底生動物1672種類が確認されている。とくにサンゴ類は305種類(分布面積:計630ha)が確認され,リーフエッジや沖の離礁に分布しており,被度10~30%の高被度域も確認されている。海藻草類は257種類(分布面積:67ha)が確認されている。このように,大嶺海岸は,サンゴ類,海藻草類が広く分布する場所である。
また,渡り鳥を含む多様な陸域動物も多数確認されており,動植物の貴重な生息場所ともなっている。
このような海域生物や陸域動物の生息状況等を踏まえ,「自然環境の保全に関する指針[沖縄島編]」(1998年2月,沖縄県)において,大嶺崎より北側の海域がランクⅠ(「自然環境の厳正な保護を図る区域」)に,大嶺崎より南側の海域がランクⅢ(「自然環境の保全を図る区域」)に評価されている。また,環境省が具志干潟から大嶺崎周辺沿岸を「日本の重要湿地500」に選定している。
第3 本件事業の問題点
1 自然環境に対する不可逆的な影響が生ずること
本件事業は,大嶺海岸の沖合の公有水面を160ヘクタール埋め立てる計画であり,公有水面埋立てに伴う海域改変区域は180ヘクタールに及ぶ。
上述したとおり,本件事業予定地周辺である大嶺海岸には貴重な自然環境が残されている。埋立地域は,サンゴ類,海藻草類の分布域であり,埋立てによりこれらの生息地が破壊されるほか,自然海岸も消失する。水象,地形が変化したり,周辺の陸域生物,海域生物,生態系にも重大な影響が生じる。
また,本件事業の実施に当たっては,資材搬入船舶の出入りのため仮設航路が4箇所設けられ,浚渫が行われることが予定されている。護岸築造や地盤改良のための浚渫も予定されている。浚渫予定地は,サンゴ,海草藻場の生息域である。航路を確保するためだけに,埋立対象地域以外の生態系にも不可逆的な改変を加える工法が採用されており,これによる自然環境への影響も無視できない。
2 本件事業の合理性及び将来需要予測
本件事業の合理性については,所与の前提とされており,その根拠ともなる将来需要予測について問題はないかのように受け止められている。しかし,果たしてそうなのだろうか。沖縄県民は,前記のとおり,大嶺海岸の自然環境が極めて貴重なものであること,本件事業がその自然環境に対し不可逆的な影響を与えることをどれほど正確に認識しているのだろうか。
本件事業の自然環境への影響の大きさ,国家財政が危機的な状況にある中での巨額の工事費用の捻出の必要性等に鑑みれば,事業主体は,事業開始に向けて予算措置が講じられようとしている現時点で,県民及び国民に対し,改めて事業の合理性を十分に説明する必要がある。
以下,本件事業の合理性等に関し,これまでの事業主体の説明では納得できない点をいくつか列挙する。
(1)本件事業の合理性
ア 準備書における本件事業の目的について
準備書は,本件事業の目的について,現在の那覇空港では夏休みや春休みにあたる観光シーズンのピーク時(国土交通省航空局が2013年1月に行った本件事業の新規事業採択時評価(以下「新規採択時評価」という。)によれば,ピーク時とは午前10時から午後1時,午後4時から6時の時間帯を指すとされている。)を中心に希望する便の予約が取れないなどの状況が生じていると指摘し,「将来の需要に適切に対応するとともに,沖縄県の持続的振興発展に寄与するため,また,将来にわたり国内外航空ネットワークにおける拠点性を発揮しうるよう」,2本目の滑走路を新設する旨指摘しており,ピーク時への対応を滑走路増設の第一の理由として掲げている。
しかし,そもそも,ピーク時を中心に希望する便の予約が取れないことは那覇空港に限ったことではない。どこの空港でも生じうる。滑走路を増設するためには,多額の税金を投じて貴重な自然海岸を埋め立てることになるのであるから,ピーク時への対応が第一の理由となりうるのかどうか,疑問が残る。
また,仮に滑走路を増設したとしても,1時間に発着可能な便数には限りがあり,いずれにしろ希望する便の予約が取れないことは生じ得る。ドル箱路線といわれる羽田空港など,他の空港の発着枠との関係で,那覇空港において思い通りに路線を増設又は増便できるとも限らない。
イ 新規事業採択時評価における本件事業の必要性について
新規事業採択時評価においては,滑走路増設の必要性について①ピーク時間帯は,処理容量に達しており,出発を待つ航空機の慢性的な遅延が発生していること,②滑走路上で航空機にトラブルが発生した場合,復旧作業のため閉鎖しなければならないこと,③滑走路のメンテナンス時間の十分な確保が困難なことが挙げられている。①の点については,上記に指摘した問題点があるほか,国土交通省航空局の資料によると,ピーク時間帯とされている時間帯でも1時間あたり滑走路処理容量を超えていない時期及び時間帯もあり,ピーク時間帯に慢性的な遅延が発生しているといえるかは疑問がある。また,下記ウのとおり,仮にピーク時間帯に慢性的な遅延が発生しているとしても,自衛隊機との調整等により解消できる問題なのかどうか,検討されていない。
また,上記②及び③の点は,滑走路1本の国内空港においても同様の問題を生じ得ることである。
ウ 軍民共用空港が所与の前提となっており関係機関との調整がなされていないこと
現在,那覇空港は自衛隊機も利用するいわゆる軍民共用空港である。那覇空港は,自衛隊,海上保安庁,警察等の航空機の発着が,2006年度で全体の約2割を占めており,準備書においては,滑走路増設時にはとくに自衛隊機の使用が増加する(年間発着回数約2万9600回)とされている。
しかし,総合的な調査及び準備書では,那覇空港を将来民間航空機のみが使用する場合においても滑走路の増設が必要になるのか,防衛省等の関係機関と調整した形跡がない。滑走路増設の検討にあたっては,少なくとも民間機専用空港とする方法がないかどうか,十分な検討がなされるべきである。
仮に自衛隊機との共用を前提にするとしても,ピーク時とされる観光シーズンは年間を通じて一定の時期に限定されており,かつ時間帯も特定されているのであるから,民間航空機のピーク時に自衛隊機等の発着を減らす等の方法で現状が改善されるか否かを検討すべきである。しかし,総合的な調査や準備書等を見ても,この点について検討した形跡がない。
(2)将来需要予測
ア 従来の需要予測の手法が採用されていること
航空需要予測の手法については,2008年度の国内線利用実績について,全国の空港のうち約9割が予測を下回り,その甘い見通しが指摘されたことがあった。最近開港された空港については,当初の需要予測が実績と乖離する事例が相次ぎ,建設ありきの将来需要予測についてはマスコミ等から厳しい指摘もなされている。しかし,本件事業においても従来の手法と基本的に同じ手法が採用されている。
イ 実績値を踏まえた十分な検討がなされていないこと
総合的な調査では,2004年から2020年度まで発着回数は右肩上がりで増加すると予測し,2010年から2015年度頃には夏季を中心に航空旅客需要の増加に対応できなくなるおそれがあると指摘している。
しかし,準備書によれば,2005年から2010年までの年間発着回数の実績値はなだらかに減少しているが,準備書や新規事業採択時評価における旅客数及び発着回数の各需要予測は,2010年度から2030年度までいずれも右肩上がりで増加し続けている。
旅客数の増加は,就航路線に影響されるものであるから,滑走路増設により必ず旅客数が増大し続けることになるとは限らない。
過去の需要予測と実績値のずれが生じているにも関わらず,全て右肩上がりで需要予測が立てられており,実績値を踏まえた需要予測の再検討が適切になされているか疑問が残る。
ウ 地域経済効果
新規事業採択時評価においては,滑走路増設により345億円の経済波及効果が期待されると指摘されている。
しかし,仮に,現在でも多数の観光客が来る春休み,夏休みのピーク時に更に旅客数が増加した場合,それにより沖縄県経済が恩恵を受けるためには,そのような観光客に対応する空港以外の様々なインフラが整備されていることが前提となる。
しかし,道路の渋滞や駐車場の整備は足りているのか,ゴミの増加に対応できるだけの廃棄物処理能力はあるのか,宿泊施設や観光施設は増加する観光客を受け入れることができるのか等について,十分検討された形跡はない。単に観光客数が増加すれば,これに比例して観光収入が増加すると仮定して,インフラが不可欠である地域経済効果が大きいと結論付けることには疑問がある。
3 準備書に記載された内容では,環境保全が図られたとはいいがたいこと
前記1のとおり本件事業は自然環境に対して不可逆的な影響を与えるものである。準備書に記載された保全措置等では,十分な環境保全が図られたとはいいがたい。環境保全の見地から再検証されるべき多数の課題があるので,以下,具体的に指摘する。
(1)環境影響評価手続と準備書の記載について
2012年9月に発表された準備書では,環境影響の総合的な評価として,「環境保全への配慮は適正」とされている。しかし,事業者の提示した環境保全措置により環境への影響を十分に軽減することは困難である。
(2)環境影響評価手続全体の問題点(環境負荷の大きい原案のみが環境影響評価の対象となっていること)
滑走路増設に関しては,構想の初期段階で,原稿滑走路との間隔を1310メートルにするA案と850メートルにするB案(いずれも海域の埋立てを伴う案)に絞られ,その後,環境影響評価法上の手続が開始される以前にA案が選定されている。したがって,環境影響評価法上,方法書以来A案のみが検討対象となっている。
本来,環境影響評価手続は,事業の必要性の程度と環境に対する負荷の程度を比較検討するための手続であり,ゼロオプション,すなわち事業を実施しないことも含め,複数の代替案が検討されるべきであるが本件事業については海域の大規模な埋立てを行うことを前提とした上で,準備書の検討がなされている。
(3)環境保全措置が施された旨の評価には疑問であること
自然環境の保全は,生息地そのものの保全が大原則であり,個々の生物の移植や,類似環境の造成によって保全されるものではない。本件事業により,本件事業予定地周辺の自然環境は大規模に改変・喪失することから,自然環境に不可逆的な影響が生ずることは上記のとおりである。
それにもかかわらず,準備書においては生物の移植や類似環境の造成を効果的な環境保全措置と捉えている。
例えば,水象(波浪,潮流)に関して,準備書では,波浪,潮流に変化があると予測されている。大規模な埋立てを行えば,埋立てられた部分はもちろんのこと,その周辺海域にも潮流の変化が生じ,周辺部分の生態系に大きな影響が生じることは明白である。
このような影響に関し,準備書では,埋立区域の護岸に反射波を低減するための消波ブロックを設置すること,連絡誘導路周辺における通水性を確保し周辺の海水交換を促すため,通水部を設置することにより,環境保全措置が図られていると結論づけている。
しかし,埋立てにより大規模な構造物を設置する以上消波ブロックによる反射波の低減はごく限られたものにとどまり,通水部の設置も,連絡誘導路周辺に1か所のみ,10メートル×5メートル,長さ225メートルの通水部を設けるだけものものであり,海水交換の促進の程度は極めて限定的である。
また,準備書では,瀬長島南側の砂浜が後退すると予測されているが,既存の護岸まで海岸線が変化することはないとして,環境保全措置を講じないとされている。
しかし,本件事業実施区域の砂浜は,環境省版レッドデータブックで絶滅危惧Ⅱ類に指定されたコアジサシ等の営巣場所であるなど,陸域生物の重要な生息環境であり,環境保全の見地から重大な問題がある。また,準備書では,アジサシ類について,周辺には同様な採餌場が広く存在することから影響は小さいとされている。
しかし,それがどの地域を指すのか明確ではないし,周辺地域では埋立てにより餌場となる干潟の多くは消失している。現に営巣場所となっている場所が消失する以上,影響が小さいと予測して環境保全措置を不要とすることは疑問である。
準備書では,アジサシ類等について,銃器,爆音機を用いるなどしてバードストライク防止の対策を実施するとされている。しかし,これらの対策を取ることにより,周辺地域でのアジサシ類の生息が困難になることが予想される。バードストライク対策と称してアジサシ類を生息地域から追い出すのでは,環境保全対策として本末転倒である。
生態系への影響についても,準備書では,生態系への影響は小さいと予測されているが,事業の規模及び内容からして影響が小さいということは困難であり,影響を過小評価したものといわざるをえない。また,準備書では,陸域生物及び海域生物と同様の環境保全措置により,陸域生態系及び海域生態系への影響を低減するとされているが,生物相や地理的環境との相互関係を問題にする生態系の観点から,どのような予測がなされ,保全措置が必要になるのかが議論されなければならないにもかかわらず,具体的な指摘が欠如している。
このように,準備書に記載する方法によって環境保全措置が施されていると評価することは困難である点が多数存在するが,以下では,とくに問題になりうるウミガメ類とサンゴ類・クビレミドロ類について指摘する。
(4)ウミガメ類について
準備書では,本件事業がウミガメ類に与える影響について,「生息場の減少による影響」,「騒音の発生による影響」,「海域への照度増加による影響」の3つの観点から予測し,「埋立地及び飛行場の存在によるウミガメ類への影響は極めて小さい」と結論づけている。
しかし,これらの予測のもととなった現地調査は極めて不十分なものと言わざるを得ない。
まず,準備書でも指摘されているとおり,瀬長島西側の砂浜では,非常に少ないとはいえ過去にウミガメ類の産卵が確認されている。仮にこれまでの調査回数が適切であったとすれば,確認記録が少ないことは単年度の調査だけでは産卵を確認できない可能性が高いことを意味している。したがって,数年にわたる調査を行わなければ,大嶺崎南側,現滑走路北端西側をも含め,当該海域をウミガメ類が産卵環境として利用しているか否かを正確に把握することはできないはずである。
また,ウミガメ類の産卵は夜間に行われるものであるにも拘わらず,現地調査では日中の足跡調査のみが行われただけであり,夜間の巡視調査は行われていない。本件現地調査は,ウミガメ類の足跡は半月ほどでは消えないことを当然の前提としているが,ウミガメ類の上陸場所によっては海水によって消失していた可能性がないとはいえない。
さらに,予測の方法も,例えば,生息場の減少による影響については「当該海域における砂浜を産卵場としてほとんど利用して」いないとしているにもかかわらず,「騒音の発生による影響」及び「海域への照度増加による影響」の予測に際しては,「当該海域の砂浜を産卵場として利用していない」と断定している等,前提事実自体に矛盾が生じている。
沖縄沿岸では,タイマイ,アカウミガメ,アオウミガメの3種が多く見られると言われているが,IUCN(国際自然保護連合)が作成したレッドリスト(2006年版)では,タイマイが絶滅寸前,アカウミガメ及びアオウミガメが絶滅危機とされている。
このような環境におかれているウミガメ類にとって,たとえ産卵場として利用する回数が少ないとしても,当該海域が貴重な生息場所であることは疑いえない。
月に2回の日中の足跡調査のみで,当該海域の砂浜を産卵場として利用していないと断定することは困難であり,このような不十分な調査に基づく予測ではウミガメ類への影響を適切に把握することはできない。ウミガメ類が国際的に貴重な生物であることに照らし,数年にわたり夜間の巡視調査も含めた調査が行われる必要がある。
(5)クビレミドロ,サンゴ類について
本件事業が,埋立地域に群生するサンゴ類や重要な種(クビレミドロ等)の広大な生育環境を消失させること自体については争いがない。これに対する環境保全措置として,サンゴ類の一部の移植・移築及びクビレミドロの移植等を実施することが予定されている。
準備書は,こうした環境保全措置について,クビレミドロとサンゴ類については移植事例もあることから,移動先における健全な生育・生息が十分に期待できるなどとして,サンゴ類等への影響が回避又は低減が図られている旨評価している。
しかし,クビレミドロの移植については,いまだ移植試験実施中の段階にあるにすぎない。準備書の「表-7.13.9クビレミドロの移植試験結果」は,抽象的な記載に止まり,果たして移植が可能なのかさえ判断できない。
サンゴ類の移植については,これまでの他の海域での移植事例を参考に,移植手法や移植先等の検討がなされている。しかし,サンゴ類の移植レベルは,陸上の植林と違ってまだまだ発展途上にある。他の海域でそれなりに成果を上げたとしても,大嶺海岸で同様の移植効果を期待できるとは限らない。
結局,クビレミドロにしても,サンゴ類にしても,移植先における健全な生育・生息が十分に期待できるという根拠は極めて乏しいと言わざるを得ない。
クビレミドロやサンゴ類の移植が,これらの貴重な海洋生物の広大な生育環境を消失させ,大嶺海岸の生態系を破壊することの代償措置たり得ないことは明らかである。
サンゴ類等の移植は,消失したサンゴ類の再生の場面では有効な技術になり得る可能性があるが,サンゴ類の生息環境を消失させる開発行為においては,その効果を過大に評価すべきものではない。
4 工期が短縮されることにより環境負荷が増大すること
上記のとおり,本件事業の工期について,政府は当初より1年程度短縮する意向を示している。
このような工期短縮については,①夜間作業,複数箇所の同時施行,②新たな仮設航路設置のための浚渫,③ダンプの通行量が1日400台増えるなどの工法の変更が行われることが予定されており,環境への影響が増大することが要される。国土交通省の担当者も,工期短縮により環境負荷が増大することを認めている。
上記工法の変更は,工事内容を根本的に変更するものである。工法の変更に当たっては,土砂を運搬する船を予定より大型船に切り替えて工事を行うことが予定されており,大型船に対応するための新たな仮設航路設置のための浚渫は大規模な環境の改変を伴うものである。
本来,環境影響評価法の趣旨からすれば,工期の短縮により環境に対する影響が増大する以上,その影響を評価するために,方法書の作成からやり直すべきである。したがって,この点からも事業計画の内容の再検証がなされるべきであり,この点については,準備書に対する沖縄県知事意見においても指摘されている。
第4 まとめ
上記のとおり,本件事業は,自然環境に対して不可逆的な影響を生じさせるものであるが,本件事業の内容には,環境保全の見地から再検証されるべき点が存在する。
したがって,当会は,国及び沖縄県に対して,環境保全の見地から事業計画の内容を再検証することを求める次第である。
以 上