決議・声明

憲法9条の改正論議につき問題点を指摘するとともに
憲法改正手続法の見直しを求める決議
 
 自由民主党は,2018(平成30)年3月の党大会において,日本国憲法9条1項及び2項に加えて,9条の2として「必要な自衛の措置」のための実力組織として自衛隊を保持するという新たな条項を創設する改憲案を報告し,改憲の実現を目指すこととした。今後,同党における右の改憲案がそのまま提案されるかは明らかではないものの,近時,9条1項及び2項を維持したまま自衛隊ないしは自衛権を憲法に書き込むという,いわゆる「9条加憲論」について議論がなされている事実に照らし,当会は,かかる改憲案のあり方について,基本的人権擁護と社会正義実現の使命を担う法律家団体として,国民及び国会による熟慮を促すべく,必要な意見を述べるものである。
 沖縄戦は多くの沖縄県民の命を奪ったが,かかる戦闘の結果,引き続く27年に及ぶ米軍統治下における多くの事件事故によって,県民はさまざまな人権侵害に晒されてきた。また,日本復帰後においても,沖縄における米軍基地の集中は解消されず,今日においても深刻な人権侵害の源となっている。
 戦争は最大の人権侵害であり,日本国憲法が掲げた恒久平和主義は,人としての生存の基底的な保障をもたらすものとして極めて重要な価値を有していることを,沖縄の体験は物語っている。
 
 戦争の放棄,戦力の不保持と交戦権の否認を定めた憲法9条は,前文とあいまって恒久平和主義をうたっており,これまで,現実政治との間で深刻な緊張関係を強いられながらも,自衛隊の組織・装備・活動等に対して大きな制約を及ぼし,海外における武力行使や集団的自衛権行使を禁止するなど,憲法規範として一定程度有効に機能し,日本という国のあり方を規定してきた。2015(平成27)年に成立した安全保障関連法制は,集団的自衛権の一部行使を容認する立法となったものの,同法のもとでもなお自衛隊に対しては,国際法上認められている軍事力の行使に重要な制約が課されている。
 
 戦争はあってはならない。そのために,我が国が,日本国憲法前文及び9条が掲げた軍事力によらない恒久平和主義をより徹底させていく道を選ぶのか,それとも,現在の自衛隊を前提として個別的自衛権を中心とした一定の制約された実力の行使を担保として平和を守る道を選ぶのか,さらには,「普通の国」として他の諸国と同様に国連憲章上認められている個別的,集団的自衛権を全て行使でき,国連による安全保障措置などへの軍事的関与もなしうる国家となる道を選ぶのか等について,わたしたちは,今一度立ち止まって考えなければならない。
 憲法は,人権保障のために権力を縛るという立憲主義に立脚する根本法である。だからこそ,9条改憲の賛否を議論するのであれば,改憲案においては,平和や安全保障のために,どのような具体的な理由にもとづき,国家権力に対して何を授権し,何を制限するのかを明らかにすることが求められる。
 
 このような観点から自由民主党で検討されてきたいくつかの9条加憲案に関する議論をみたとき,以下の問題があることを指摘しなければならない。
 ひとつは,これらの案において書き加えようとしている自衛隊や自衛権の指し示す方向について,自衛隊の任務の範囲のあいまいさから,我が国がいずれの道を選択しようとしているのかが明らかにされていないことである。このため,自衛隊や自衛権を明記することによって,戦力の保持を明文で否定した日本国憲法の恒久平和主義が変容するのではないか等の疑問が生じうる。例えば,上記の自民党案では,9条の存在にもかかわらず,加えられる9条の2において,「必要な自衛の措置を妨げない」とされ,「自衛」の範囲が明文上限定されておらず,あらゆる個別的自衛権及び集団的自衛権を含むと解釈されうる余地があり,9条2項の戦力不保持との関係でどのような解釈がなされるかについて,深刻な問題を孕んでいる。
 この点,立憲主義との関係では,自衛のための最少限の組織として自衛隊を憲法上明示的に位置づけることで,自衛隊に対し憲法上の統制を図り,これまでなし崩し的になされてきた解釈変更・解釈改憲のような事態を防ぐべきとの考え方もあり得るところではある。しかしながら,かような考えに立脚したとしても,自衛隊の権限及び活動範囲を憲法上疑義のない形で明記しなければ,立憲的統制を及ぼすことはできない。その意味において,「自衛」の範囲が明記されていない自由民主党の改憲案は,根本的な問題を有しているという他ない。
 
 もう一つは,自衛隊に対する統制の仕組みが検討されていないことである。自衛隊が強力な軍事的組織である事実に照らせば,その任務の行使にあたっては,市民の生命や身体,自由に重大な影響を及ぼすおそれが生じうる。自衛隊については,これが憲法上明記されていないこと自体に起因する統制がなされてきたとの評価もあることから,立憲主義の観点からすれば,自衛隊の存在を憲法上明確にしようとするのであれば,このような人権侵害のおそれを防止するために,権力行使を憲法によって明確に統制する仕組みがもうけられることが不可欠である。それは,単に指揮権を内閣総理大臣が有するなどの規定をするにとどめるものではなく具体的な統制の仕組みが必要である。ところが,このような統制の仕組みを明示することなく,ただ自衛権や自衛隊を憲法に書き込むだけであれば,基本的人権尊重という憲法の基本原理に重大な影響を及ぼしかねないものである。
 
 今年は,日本国憲法が制定されて71年目の年である。これまで国民は,一度も日本国憲法の改正を行ったことはなく,今後も,実際に改憲の提案がなされるかは未知数ではある。しかし,仮にこの先,憲法改正案が発議され,私たち国民がそれに賛否を示し,この憲法のあり方について主体的な選択をし,将来にわたる私たちの社会のあり方を決めるべきときを迎える際には,すべての国民がこのことを十分に自覚し,熟議を重ねて,すすむべき道を慎重に判断することが求められる。
 このため,改憲を提案しようというのであれば,提案者は,なぜ変えるべきと考えるのか,提案の内容により憲法がどのように変わるのかを明確かつ具体的に示し,国民が判断できる材料を十分に提供する責務があることを自覚すべきである。
 そして,この手続は憲法改正手続法(国民投票法)に基づくことになるものの,同法においては,国民が改憲の賛否について公平公正な情報をもとに判断しうるための仕組みがいまだに不十分である。例えば,有料広告は投票14日前まで無制限になしうるが,表現の自由を保障する必要がある一方で,経済力によって大きく影響される仕組みとなっており,多くの国ではこのような有料広告については賛成派反対派の意見が公正に扱われるような制度をもうけている。また,国会に設置される広報協議会は国民投票を周知する責務を有するものの,所属議員数に応じて会派毎に員数が割り当てられるとしており,必然的に改憲賛成派が圧倒的多数となってしまう。したがって,憲法改正案の発議を仮に行うのであれば,その前に国民投票法を改正し,改憲の賛否の議論について公平公正に取り扱われるよう改めることが必要不可欠である。
 
 以上のとおり,憲法9条は,戦力の不保持等を定め,軍事的組織を憲法典上の制度として組み入れないことによって,恒久平和主義の規範として一定の機能を果たしてきたものであるため,同条を改正して自衛隊の存在等を明記する9条加憲案については,このことを踏まえた上で,日本国憲法の恒久平和主義,基本的人権尊重,国民主権及び立憲主義の徹底の観点から,改正の必要性,内容,適否及び採否が問われなければならない。
当会は,国会に対し,将来仮に憲法9条改正論議をなすのであれば,これらの問題点につき責任ある議論をすることを求めるとともに,法律家団体として,市民の間で十分な議論がなされるべく力を尽くすことを,ここに決議するものである。
 
2018(平成30)年5月28日
     
 
 

 

提案理由
 
第1 はじめに
 安倍首相は,2017(平成29)年5月3日の読売新聞インタビュー記事において,改正憲法の2020年施行を目指し,憲法9条については1項,2項をそのまま残し,自衛隊の存在を明記する,いわゆる「9条加憲案」を提案した。
 これを受け,自由民主党は,憲法改正推進本部においてこの提案に沿った検討を進め,2018(平成30)年3月24日にとりまとめた「憲法改正に関する議論の状況について」という文書において,①自衛隊の明記,②緊急事態条項の創設,③参議院の合区解消と地方公共団体の組織の明記及び④教育無償化の努力義務の4項目について方向性を示し,「条文イメージ(たたき台素案)」を決定した。このうち憲法9条については,同党内で意見募集された結果出された7案のうち,自衛隊を明記する以下の3案に絞られ,同本部のとりまとめにおいて,このうちから「代替案2」が多数意見となった旨が示された。
 
【原案】
第9条の2 我が国の平和と独立を守り,国及び国民の安全を保つための必要最小限度の実力組織として,法律の定めるところにより,内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
   ② 自衛隊の行動は,法律の定めるところにより,国会の承認その他の統制に服する。
 【代替案1】
第9条の2 我が国の平和と独立を守り,国及び国民の安全を保つために必要な措置をとることを目的として,法律の定めるところにより,内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
 ② 〔同上〕
 【代替案2】
 第9条の2 前条の規定は,我が国の平和と独立を守り,国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず,そのための実力組織として,法律の定めるところにより,内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
 ② 〔同上〕
 
 そして,同月25日の自民党大会においては,同本部による上記のとりまとめが口頭により報告され,憲法改正に取り組むことが確認された。ただし,安倍首相が当初示した2020年の憲法改正施行を実現するためには,同大会で改憲の自民党案が確定し,早ければ今通常国会にも改憲案が発議される可能性もあるという予測があったにもかかわらず,上記の案も自民党が憲法審査会に提出する案として確定したものには至ってなく,今後,国会において,いつ,どのような内容で改憲に関する議論がなされていくのかについては,明らかではない。
 憲法は,人権保障のために国家権力を拘束する根本規範であることから,それを改正するか否かについては,主権者である国民による十分な熟議がなされなければならない。現在の情勢においては,実際に改憲の提案がなされるのか,なされるとしてそれがいつであるかは不明であるとしても,いざ提案されたときに議論を始めたのでは,十分な熟議を成しえないおそれがある。
 当会は,基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする法律家団体として,社会に対し,法制度の改善のために取り組みを行う責務を有している。そのため,憲法の改正は国民による政治的選択が問われるものであり,その選択そのものは国民に一義的に委ねられているものではあるが,立憲主義の観点から,あるいは憲法の基本原則の観点から必要と考えられる法的見解や情報の提供を行うことは,当会に課された,国民に対する責務である。
 このような趣旨から,当会は,このたび自民党が示した4項目の改憲案のうち,自衛隊明記案を中心とした9条加憲案について,見解を述べるものである。
 
 なお,前記「憲法改正に関する議論の状況について」は,9条改正の必要性,すなわち立法事実について,次のとおり説明している。
 
「自衛隊の諸活動は,現在,多くの国民の支持を得ている。他方,自衛隊については,①合憲という憲法学者は少なく,②中学校の大半の教科書(社中)が違憲論に触れており,③国会に議席を持つ政党の中には自衛隊を違憲と主張するものもある。そのため,憲法改正により自衛隊を憲法に位置付け,『自衛隊違憲論』は解消すべきである。」
 
 このような説明については,かかる立法事実はあるのか,あるいはそれが憲法改正の必要性を充足するものでありうるのか等について,議論の余地があるところである。ただ立法事実論については,前記文書が示している論点にとどまらず多様な社会的事実が議論されるべきものであることから,本決議においては,立法事実については取り上げないこととし,ひとまず「9条加憲案」で提案されようとしている条文案そのものの内容について意見を述べ,憲法改正において避けて通ることの出来ない国民投票制度の改善について触れることとする。
 
第2 日本国憲法の平和主義
 1 日本国憲法の平和主義の誕生と意義
 第二次世界大戦は,空前の世界戦争となり,第一次世界大戦のそれを数倍も上回る5000から8000万人もの犠牲者を記録した悲劇となった。国際社会は,このような悲劇の教訓から,1945(昭和20)年に国際連合を創設し,同憲章において,国際紛争の平和的解決の原則を明らかにし(前文,2条3号・4号,33条など),加盟国には個別的自衛権及び集団的自衛権の行使のみを認め(51条),安全保障理事会による軍事的措置は非軍事的措置が不十分な場合にのみ認めることとする(42条)等,戦争の違法化を徹底することとした。
 日本国憲法は,このような戦争の違法化の進展の流れの中で誕生したものであるが,侵略戦争であったアジア太平洋戦争の反省を受け,「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し」(憲法前文),「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を確保しようと決意し」(同),全世界の国民が平和的生存権を有することを確認し(同),戦争の放棄と(9条1項),戦力の不保持・交戦権の否認(同条2項)を定めている。
 日本国憲法の恒久平和主義は,このように,国連憲章における戦争の違法化の深化に加え,全世界の国民の平和的生存権を確認し,戦力をもたないことを明記するところに,そのより徹底した平和主義の特徴を有している。
 2 日本国憲法と自衛隊
(1) 自衛隊の創設と専守防衛
 ところが,1954(昭和29)年,「わが国の平和と独立を守り,国の安全を保つため,直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務」(旧自衛隊法3条)とする自衛隊が発足したことで,憲法9条と現実政治との間に緊張関係がもたらされることとなった。
 以降,政府は,国家には自衛権がある以上そのための実力をもつことは禁じられておらず,憲法9条2項で禁じている「戦力」は自衛のための必要最小限度を超えるものであって,自衛隊はそれにあたらない,との解釈を示してきた。
 また,自衛の措置は,①わが国に対する急迫不正の侵害(武力攻撃)が発生した場合に,②これを排除するために適当な手段がなく,③必要最小限度の実力行使にとどまる範囲でのみ許されるとされてきた(例:1972(昭和47)年10月14日政府参議院決算委員会提出資料,以下かかる見解を「昭和47年見解」という。)。これは「専守防衛論」とも呼ばれ,集団的自衛権の行使が禁じられるとともに,個別的自衛権の行使にあたっても上記のような制約を受けるとされ,後述の安全保障関連法制の成立まで,一貫して維持されていた政府の見解である。
(2) 自衛隊の海外派遣
 他方,自衛隊創設時に参議院で「海外出動を為さざることに関する決議」がなされたことにみられるように,専守防衛のもとでの自衛隊は海外に派遣しないことが前提とされていたところ,冷戦終結後,国連を初めとした集団的安全保障措置がクローズアップされるなかで,1992(平成4)年にPKO協力法が成立し,その後には,自衛隊が海外に派遣されるようになった。ただし,ここでも政府は昭和47年見解を維持したうえで,海外における自衛隊の活動は,あくまで「他国の武力行使と一体化」しない範囲に限定されるとし,かような限定のうえでの自衛隊の海外派遣は憲法上許容されると説明してきた。
 そして,かかる解釈は,国際平和協力活動にとどまらず,1999(平成11)年成立の重要影響事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律(制定時の名称は「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」で,「周辺事態法」と呼称されていた。)における「我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」(「重要影響事態」)での米軍への後方地域支援においても維持されていた。
(3) 憲法9条の規範としての有効性
 このように,これまで憲法9条は,自衛隊が創設され,時を追うごとにその任務及び役割が拡大する過程における現実政治との関係で深刻な緊張関係を強いられてきたものであり,論者によっては,憲法9条は空洞化したとも評されてきた。
 しかしながら,憲法9条のような定めのない国家であれば,国連憲章上許容されている個別的自衛権や集団的自衛権の行使の範囲が法的に問題となりうることはなく,また国連安全保障理事会決議によって容認される平和回復のための軍事的措置に参加することも同様であるところ,我が国においては,憲法9条が存在するがために,自衛隊の合憲性が問われ,軍事的措置への自衛隊の関与についても,上記のように制約がなされてきたものである。
 したがって,前文と憲法9条の規定する恒久平和主義は,これまで憲法規範として一定程度有効に機能してきたものと評価することができる。
 3 安全保障関連法制のもとでの自衛隊
 2015(平成27)年9月,我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し,これによって我が国の存立が脅かされる等の事態(「存立危機事態」)においても防衛出動が出来るとすること等を定めた安全保障関連法制が成立した。右法制は,それまでの政府解釈を変更し,前述の限られた場面における個別的自衛権の行使にとどまらず,存立危機事態という局面において集団的自衛権行使を一部容認するなどしたものである。
当会は,これまで,このような安全保障関連法制は戦力の不保持と交戦権の否認(憲法9条2項)という徹底した平和主義を採用した日本国憲法に違反する違憲立法であるとの立場から,一貫してこれに反対をしてきた(2014(平成26)年5月28日付「憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認に反対する決議」及び2015(平成27)年5月27日付「集団的自衛権行使を可能とする安全保障法制に反対する総会決議」)。
 なお,安全保障関連法制は,集団的自衛権行使の容認を含むものであることから,それまでの憲法9条の下における恒久平和主義を部分的に侵食したものではあるが,それでもなお,戦力不保持を定める同条との整合性が問われていることから,憲法9条が,ここでも全面的な集団的自衛権行使等への制約として機能していることを指摘することができる。
 
第3 沖縄と恒久平和主義
 1 沖縄戦
 アジア太平洋戦争末期の1945(昭和20)年3月末に始まった沖縄戦は,国内では,住民が居住していた場所で行われた唯一の地上戦であり,「鉄の暴風」とも呼ばれる激烈な戦闘が繰り広げられ,その結果,4人に1人ともいわれる十数万の犠牲者を生んだ。沖縄の守備軍であった第32軍は,住民を,軍民一体となった戦闘に巻き込むのみならず,壕から追い出し,その食糧を強奪し,スパイ視をして虐殺し,また住民に対しいわゆる集団自決の方法による死を強制するなどすることで,被害を拡大させた。
 沖縄県民は,戦争が人々の命を奪い,深刻な被害を生じさせることを身をもって体験し,二度とこのようなことを繰り返させないために,その体験の継承を続けている。
 2 米軍による占領支配と日本国憲法の恒久平和主義
(1) 米軍による占領支配による日本国憲法の不適用
 1945(昭和20)年3月26日,慶良間諸島に上陸した米軍は,我が国による行政権と司法権の停止を内容とする布告第1号「権限の停止」を公布し,沖縄における軍政を開始した。連合国軍は,戦後の日本占領に際して日本政府を通じた間接統治を選択したが,沖縄では,米軍による直接統治が始められた。
 このことは,沖縄が日本の法体系から切り離されたことを意味し,沖縄県民は,1946(昭和21)年に実施された戦後初の総選挙である帝国議会議員選挙に参加することができず,同年に公布された日本国憲法の適用を受けることもなかった。
 沖縄戦の結果,米軍に占領され,日本国憲法の適用も受けず,また他方で米国の領土でもないことからアメリカ合衆国憲法の適用も受けないいわば法的空白地帯となった沖縄では,米軍による占領支配の27年間に,さまざまな人権侵害が発生した。米軍や軍人等による事故や犯罪などによって命が奪われ,安全が脅かされる一方で,表現の自由や移動の自由など多くの基本的人権が奪われ続けた。これらの人権侵害の歴史は,戦争が,戦闘行為時点のみならず,その後にも多大な人権侵害をもたらすものであることを示すものである。
 米軍は,沖縄戦時に占領して建設した基地を返還することなく,戦後においても,適正手続を経ず,いわゆる「銃剣とブルドーザー」により住民の土地を奪って基地を建設し,また拡張していった。こうして拡大強化されていった在沖米軍基地は,朝鮮戦争やヴェトナム戦争といった日本国外における米軍の戦争のために利用され,その都度,沖縄県民は現実の戦争に直面させられてきた。
(2) 沖縄と恒久平和主義
 沖縄への日本国憲法の適用は,1972(昭和47)年5月15日の日本復帰まで待たなければならなかった。同日の地元新聞は,日本国憲法全文を紙面に掲載し,恒久平和主義,基本的人権尊重,国民主権の基本原則が沖縄において初めて適用されることを歓迎している。
 憲法9条が恒久平和主義を掲げており,これが一定程度有効に機能してきたことは既に述べたが,かかる恩恵は,沖縄においては1972(昭和47)年まで受けることができなかったものである。
 そして,戦時に米軍が占領し,さらに違法に接収して拡大強化した在沖米軍基地は,日本復帰後においても,日米安全保障条約下の米軍基地として継承され,今日に至っている。在日米軍専用施設の70.28パーセントが沖縄に集中しているという基地の過重負担は,沖縄戦による米軍占領,そして日本国憲法適用除外のもとで生まれてきたものであることを改めて留意しておかなければならない。
第4 自衛隊明記案と自衛隊の任務や権限
1 議論されている様々な「9条加憲案」
 冒頭に取り上げた自民党による3つの加憲案のほか,自民党内では,類似する「自衛隊」明記案や,自衛隊ではなく「自衛権」明記案など,いくつものバリエーションが提案され,議論されてきた。
 これらの案に共通する特徴は,9条1項及び2項を維持しつつ,新たな条文において自衛隊もしくは自衛権の存在を確認するもので,自衛隊の任務や権限の範囲,または自衛権の内容について具体的な記述がない点にある。そして,これらの案については,自衛隊の存在と任務を区別し,存在だけを書き込むものであり,その任務権限などの内実は現在の自衛隊とまったく変わらない,との説明がなされている。
 そこで,提案されている諸案が,果たしてそのように解釈されるものか,また,このような提案方法が立憲主義や国民主権の観点から適切であるか否かについて,検討をする必要がある。
2 自衛隊の任務,権限を明確にしない問題点
(1) 対立する憲法9条の解釈
 戦力の不保持,交戦権の否認を定めた憲法9条2項の存在は,これまでさまざまな憲法解釈を生み出してきた。自衛権をも放棄したとする説,武力によらない範囲での自衛権のみを肯定して自衛隊を違憲とする説,政府解釈にみられるような見解,1項で禁止される武力による威嚇等を除いては何ら禁止されていないという芦田修正説等である。
 この中で政府は,自衛隊創設以来,憲法9条のもとにおいても国家に固有の「自衛権」は否定されず,自衛のための必要最小限度の実力を保持し,これを行使することは憲法に違反しないという解釈をとってきた。
(2) 軍事的組織の任務の範囲と憲法での規定
 19世紀における無差別戦争観のもとでは,法的に戦争がどこまで許容されうるのかについて議論になりえなかったところ,20世紀の二つの大戦を経る中で,侵略戦争は国際法上違法であることが確認され,国連憲章において軍事力の行使に制約が定められ,国際法上のルールが確立してきた。
 こうして国連憲章上許容される限度での武力の行使が行える軍事的組織を保有するのであれば,その任務の限界は必然的に国際法によって画されることとなる。
 しかし,日本国憲法の恒久平和主義は,武力の不行使をより徹底させたものであって,国家権力に対して,国際法上適法であってもなお禁止される武力の行使または武力による威嚇があることを明らかにしたのである。
 このように,国際法上適法であってもなお国家権力に対して一定の武力行使等を禁止するのであれば,憲法によって,いかなる範囲まで武力の行使等を許容するのかしないのかについて明らかにする必要がある。
(3) 自衛隊明記案などの9条加憲論の問題
 この点から,自衛隊明記案などの9条加憲論で提案されている諸案をみると,以下のような疑問があるといわなければならない。
 憲法9条や前文の文言をそのまま維持しておきながら自衛隊(もしくは自衛権)の存在を明記したときに,①自衛隊の任務及び権限と自衛権の範囲に関し,従来の政府解釈同様の解釈がなされうるのか,②今ある自衛隊をそのまま書き込む結果,集団的自衛権行使容認に踏み切った新しい政府解釈とそのもとでの安全保障関連法制によって任務権限が拡大した自衛隊の活動までも憲法上疑義なく許容されることになるのか,③新たな条文と9条との関係の整合性につき,新たな条文が9条の解釈を前提とするものか,例外を定めるものなのか,あるいは「後法は前法を破る」との法原理に従って9条を死文化させるものなのか,④前文と9条によって特徴付けられる恒久平和主義が変容するのではないか,⑤「存立危機事態」にとどまらずさらに自衛隊の任務・権限が拡大される根拠となりうるのではないか,といった点である。
 そのため,恒久平和主義を維持し,国連憲章上認められているところの,いわゆる「フルスペックの軍事力」の行使を否定しつつ,軍事的組織について新たな憲法上の条文をもうけるのであれば,その任務及び権限を憲法上明確にしてその限界を画する必要がある。
3 立憲主義と国民主権からの要請
 そもそも,我が国が,日本国憲法前文及び9条の掲げる「軍事力によらない恒久平和主義」をより徹底させていく道を選ぶのか,それとも,現在の自衛隊を前提として個別的自衛権を中心とした一定の制約された実力の行使を担保として平和を守る道を選ぶのか,さらには,「普通の国」として他の諸国と同様に国連憲章上認められている個別的,集団的自衛権をすべて行使でき,国連による安全保障措置などへの軍事的関与もなしうる国家となる道を選ぶのか,あるいはこれらの道の中間にあるさまざまな選択肢のうちいずれを選び取るかについて,我々は,今一度立ち止まって考えべきであるところ,9条加憲論は,このような選択が問題となっているにもかかわらず,そのことを国民に明確に提示しないまま憲法改正という重大な判断を迫るものであって,国民主権の観点からも問題があるといわなけばならない。
 また,自衛隊の任務および権限がなし崩し的に拡大し続けて来た戦後の歴史に照らしたとき,その存在を憲法上明確に位置付けることで立憲的統制を及ぼすべきとの見解もあり得るところではあるが,そうであれば,その任務及び権限についても憲法上明確にその限界を画する必要がある。
 
第5 自衛隊に対する統制
 1 9条加憲案が示す自衛隊に対する統制
 9条加憲案は,自衛隊もしくは自衛権を明記するとしつつ,その統制のあり方については,例えば自民党憲法改正推進本部で採用された案をみると,自衛隊は「内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする」,「法律の定めるところにより,国会の承認その他の統制」に服すると記述されているように,法律への一般的な授権,統制手段としての国会の承認の例示,あるいは内閣総理大臣を最高指揮権者とすることなどの定めをすることとされている。
 このような自衛隊への統制手段の記述が憲法のあり方としてふさわしいかどうかということがもう一つの大きな課題である。
 2 軍事的組織への統制のあり方
 自衛隊が強力な軍事的組織であることに鑑みれば,その任務の行使にあたっては,市民の生命や身体,自由に重大な影響を及ぼすおそれが生じうる。立憲主義の観点からすれば,自衛隊の存在を憲法上明確にしようとするのであれば,このような人権侵害のおそれを防止するために,権力行使を憲法によって明確に統制する仕組みがもうけられることが不可欠である。それは,単に指揮権を内閣総理大臣が有するなどの規定をするにとどめるものではなく,具体的な統制の仕組みが必要である。
 なお,戦後,日本と同じように武装解除されたドイツにおいては,再武装のためのドイツ基本法改正にあたって,基本法(憲法)に詳細な軍隊に対する統制の仕組みを規定したことも留意されなければならないであろう。
 ところが,このような統制の仕組みを明示することなく,ただ自衛権や自衛隊を憲法に書き込むだけであれば,基本的人権尊重という憲法の基本原理に重大な影響を及ぼしかねない。このような点で,9条加憲論には問題があるというべきである。
 
第6 憲法改正手続法(国民投票法)の問題
 1 憲法改正手続法の制定
 日本国憲法の改正手続に関する法律(憲法改正手続法,いわゆる国民投票法)は,2007(平成19)年に制定され,2014(平成26)年に投票年齢を18歳以上にするなどの部分改正がされたものである。同法が制定されたときには参議院において18項目の付帯決議がなされ,改正法成立時にも衆議院で7項目,参議院で20項目の付帯決議がなされている。これらは基本的に,憲法改正国民投票の重要性に照らし,その公平性,民主性の確保,国民の表現の自由の確保の観点からさらに検討が必要な論点が多数にのぼることを指摘している。 
 2 憲法改正手続法の問題点
 日本弁護士連合会は,2009(平成21)年11月18日に公表した「憲法改正手続法の見直しを求める意見書」では,以下の8項目の改正を求めている。
 

投票方式及び発議方式について

 投票方式については,原則として各項ごと(場合によっては条文ごと)の個別投票方式とするよう見直しを行うことが必要である。ただし,一括投票をしなければ条項同士が矛盾し整合性を欠くことが明らかな場合には,複数条項を一括投票に付し得るとすべきである。

公務員・教育者に対する運動規制について

 「国民投票運動」の定義規定には,「勧誘する」という価値評価が含まれており,萎縮効果をもたらしかねない。しかも,公務員と教育者について,地位を利用して国民投票運動をすることを禁止しており,刑罰規定はなくなったが,その萎縮効果は重大である。削除されるべきである。

組織的多数人買収・利害誘導罪の設置について

 公職選挙法と異なり,このような罰則規定を設けること自体疑問がある。しかも,極めて不明確な要件の下に,広汎な規制を招きかねず,罪刑法定主義に抵触するとともに,自由な表現活動を萎縮させる危険性が高い。削除されるべきである。

国民に対する情報提供について

(1)広報協議会について

 国民投票広報協議会(以下「広報協議会」という。)は,憲法改正案と賛成意見・反対意見を国民に知らせるもので,非常に重要な役割を担う。その構成において公平性を担保するためには,賛成派の委員と反対派の委員を同人数とすべきであり,少なくとも半数程度は外部委員の選任が必要不可欠である。また,弁護士等も含めた多方面からの事務局の採用が必要不可欠である。
 (2)公費によるテレビ,ラジオ,新聞の利用について
 公費による意見広告は,政党等が指定する団体に限らず,幅広い団体が利用できる制度にすべきである。団体の選定には,公平性・中立性・客観性の確保が必要である。また,どの程度の国家予算を充てるのかも極めて重要である。その運用において,公平性と中立性の確保が重要であることは当然である。

(3)有料意見広告放送のあり方について

 投票の 14 日前までの有料意見広告放送には何らの規制も加えられていないが,憲法改正賛成派と反対派の意見について実質的な公平性が確保されるよう,慎重な配慮が必要である。また,有料意見広告放送に対する14日前からの禁止に関しては,それが表現の自由に対する脅威とならないのか,逆に禁止期間が14日間で十分かつ適切なのか等,問題点は多数あり,改めて十分に検討されるべきである。

発議後国民投票までの期間について

60 日という期間は,仮に個別条項の改正についての国民投票のみを前提としてもなお極めて不十分といわねばならない。最低でも1年間は必要である。また,国民投票公報をより早期に国民に配布するようにすべきである。

最低投票率と「過半数」について

 最低投票率の規定は必要不可欠であり,憲法改正手続法が施行されるまでに,最低投票率の規定を設けなければならない。最低投票率の割合に関しては,全国民の意思が十分反映されたと評価できる最低投票率が定められるべきである。また,無効票を含めた総投票数を基礎として,過半数を算定すべきである。

国民投票無効訴訟について

 無効訴訟の提起期間の「30日以内」は短期に過ぎる。管轄裁判所も東京高等裁判所に限定されているが,少なくとも全国の各高等裁判所を管轄裁判所とすべきである。また,無効訴訟を提起しうる場合について,憲法改正の限界を超えた改正が無効理由となるか等も含め再度検討がなされるべきである。

国会法の改正部分について

 衆参両院の憲法審査会は,合同審査会を開くことができるとされ,憲法改正原案について両議院の議決が異なった場合には,両院協議会を開くことができるとされているが,合同審査会や両院協議会の規定は,各議院の独立性に反するものとして,削除されるべきである。

 
 これらは,憲法改正手続について,公平性・中立性を確保しつつ,表現の自由を尊重しつつ十分な情報を提供し,国民が熟慮の上で一つ一つの課題について主体的な判断をなすことができるようにするために必要な改正である。
 例えば,特に有料意見広告放送については,影響力の大きい極めて重要な広報手段であるところ,一方では表現の自由をできる限り尊重する制度であることが求められるとともに,他方では一般に極めて高額で限定された枠しか利用できない広報手段であるため,改憲賛成派,反対派の間での資金力の差によってその公平性が損なわれるおそれも否定できない。この点,フランスにおいては一定の要件を満たした政党や政治団体に一定の無料広告放送枠を付与する仕組みがあり,イギリスにおいては選挙委員会に指定された賛否を代表する一つずつの包括団体を指定して同様に無料広告放送枠を付与している。このような方法が適切かどうかも含めて,改めて公平性をいかにして確保するのか検討する必要がある。
 3 憲法改正手続法改正なくして国民投票を実施すべきでないこと
 前記の日本弁護士連合会の意見書が指摘し,また各議院が付帯決議で多数指摘している点をふまえると,日本国憲法施行後70年余を経て,初めて国民が自ら憲法の改正の可否について判断するという重要な機会を設定するのであれば,その手続が国民の熟議の上民意が適正に反映されうる制度を作ることが大前提であるといわねばならない。
 
第7 終わりに
 以上にみたとおり,憲法9条は,戦力の不保持等を定め,軍事的組織を憲法典上の制度として組み入れないことによって,恒久平和主義の規範として,今日まで一定程度その機能を果たしてきたものである。憲法を改正して自衛隊の存在等を明記する9条加憲案については,このことを踏まえた上で,日本国憲法の恒久平和主義,基本的人権尊重,国民主権の観点から,改正の適否及び採否が問われなければならない。
 9条に関する憲法改正の是非はともかくとしても,現在提案されてきている9条加憲案は,自衛隊の任務及び権限の範囲についての立憲的統制の点,さらには実際の任務の遂行にあたっての立憲的,民主的統制の制度のあり方の点について,問題が大きいものであることを指摘しなければならない。
 さらに,国民が憲法について自ら主体的に判断しうるための手続的保障として,これまで述べたとおり憲法改正手続法は,更にその実施前に改善をする必要がある。
 よって,当会は,このような課題を市民に対して明らかにするとともに,国会に対し,将来仮に憲法9条の改正論議をなすのであれば,これらの指摘を受け止めた責任ある議論をすることを求めるとともに,法律家団体として,市民の間で十分な議論がなされるべく力を尽くすことを決議するものである。
以上
 

 

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