決議・声明

選挙権年齢を18歳以上とする改正公選法の施行にあたり、高等学校等の生徒の政治的活動の自由を十分尊重し、これを不当に制限することのないよう求める総会決議

公職選挙法等の一部を改正する法律により、選挙権を有する者の年齢が満18歳に引き下げられ、高等学校等の生徒の一部も、選挙権を有することになる。

 憲法21条1項は、国民に対し、表現の自由のひとつとして、政治的活動の自由(選挙運動の自由を含む。以下同じ。)を保障している。政治的活動の自由は、民主主義社会において必要不可欠の基本的人権であって、最大限尊重されなければならない。この理は、本来、選挙権の有無や年齢など属性のいかんにかかわらず等しく妥当するものである。

 とりわけ、18歳以上の者が選挙権を有するということは、国民主権原則の下、これらの者が、一人の主権者として選挙を通じて国及び地方政治に参加するということであるから、その選挙権の行使にかかる政治的活動の自由は最大限尊重されなければならない。

 この点、文部科学省は、高等学校等の生徒による政治的活動等についての通知を発布するとともに、これに関連するQ&Aを公表している。同通知やQ&Aでは、学校教育の政治的中立性や学校長の施設管理権等を根拠に、生徒の政治的活動等に対する制約の必要性や許容性が記載されており、例えば、放課後や休日等に学校の構外で生徒が行う政治的活動等について、届出制とすることを許容するとともに、構内で生徒が行う政治的活動等を校則で一律に禁止することも許容している。

 しかしながら、これらの規制は、学校教育の目的達成の観点からの必要最小限度の制約を超えて、主権者である高等学校等の生徒の有する政治的活動の自由を不当に制限し、又は制限する危険性の高いものであって、問題である。

 よって、当会は、国及び沖縄県に対し、高等学校等の生徒の政治的活動の自由を不当に制限することのないよう、国に対しては同通知やQ&Aの記載の見直しを求め、沖縄県に対しては高等学校等の生徒の政治的活動の自由を不当に制限する施策をとりおこなわないことを、求めるものである。

2016(平成28)年5月23日

沖 縄 弁 護 士 会

 

提 案 理 由

 

第1 はじめに

 1 公職選挙法等の一部を改正する法律(平成27年法律第43号)により、2016年(平成28年)6月19日より後に初めて行われる国政選挙の公示日以後に期日を公示され又は告示される選挙から、選挙権を有する者の年齢が満18歳に引き下げられることとなり、高等学校等の生徒の一部も選挙権を有することとなる。

   この点について、文部科学省は、2015年(平成27年)10月29日付で、各都道府県教育委員会や都道府県知事などに対し、高等学校等の生徒の学校内外での政治的活動等の規制の要否等を定めた「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について(通知)」(以下、「本通知」という。)を発出した。

   さらに、同省は、2016年(平成28年)1月29日付で、本通知の運用等に関して、「『高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について』Q&A」(以下、「本Q&A」という。)を公表した。

 2 しかしながら、本通知や本Q&Aの記載は、次に述べるとおり問題を含むものであり、これらに基づく施策によって生徒の政治的活動の自由が不当に制限されたり、又は制限される危険性のあることが懸念される。

第2 政治的活動の自由の意義

   憲法21条1項は、国民に表現の自由のひとつとして、政治的活動の自由を保障している。いうまでもなく、政治的活動の自由は、民主主義社会において必要不可欠の極めて重要な基本的人権であって、選挙権の有無に関わりなく、何人にあっても保障されなければならない。

   この理は子どもたちに対しても同様にあてはまる。子どもの権利条約13条及び15条は、子ども(同条約は18歳未満の子どもを対象としている)に対しても表現の自由及び結社・集会の自由が保障されることをうたい、その制限については、表現の自由では、法律によって「他の者の権利または信用の尊重」もしくは「国の安全、公の秩序または公衆の健康もしくは道徳の保護」の目的に必要な限りにおいてのみ制限しうるとし、結社・集会の自由でも、法律によって「国の安全もしくは公共の安全、公の秩序、公衆の健康もしくは道徳の保護、または他の者の権利および自由の保護のために民主的社会において必要なもの」の制限のみが可能とされている。この点、国連子どもの権利委員会第2回総括所見(2004年1月30日)が、表現及び結社の自由に関し、「委員会は、学校内外で生徒が行う政治活動に対する制限を懸念する。」(29項)、「委員会は、条約第13条、第14条及び第15条の全面的実施を確保するため、締約国が、学校内外で生徒が行う活動を規制する法令…を見直すよう勧告する。」(30項)と、日本における子どもたちの表現及び結社の自由の保障が不十分であることを指摘していることが留意されなければならない。

   さらに、国民主権原則の下、18歳以上の者が選挙権を有するということは、これらの者が、一人の主権者として、選挙を通じて国及び地方政治の在り方を決定する権能を有していることを前提とするものである。そうである以上、主権者として選挙権を適切に行使するという点からみても、国及び地方政治に参加するために必要不可欠となる知る権利や表現の自由は、最大限尊重されるべきである。選挙権者となった18歳の生徒は当然のこと、選挙権行使の準備段階にある18歳未満の生徒についても、高等学校等の生徒であることを理由に政治的活動の自由が不当に制限されるようなことがあってはならない。

第3 本通知等の問題点

 1 学校の構外での政治的活動等の届出制について

   本Q&Aは、Q9「放課後、休日等に学校の構外で行われる政治的活動等について、届出制とすることはできますか。」との問いに対し、「放課後、休日等に学校の構外で行われる、高等学校等の生徒による政治的活動等は、家庭の理解の下、当該生徒が判断し行うものですが、このような活動も、高等学校の教育目的の達成等の観点から必要かつ合理的な範囲内で制約を受けるものと解されます。」として、放課後、休日等に学校の構外で高等学校等の生徒が政治的活動等をすることについて届出制とすることも、各学校の判断に委ねられるとしている。

これを受けて、報道によれば、愛媛県内の全県立高校において、学校の構外での政治的活動の届出を義務付ける校則を本年4月から運用開始したとのことである。

   しかしながら、高等学校等の生徒の政治的活動の自由は、学校の構内においては、他の生徒の人権との調整等の観点から一定の制約を受け得るとしても、放課後や休日等に学校の構外で行われるデモや集会への参加等の政治的活動については、学校の政治的中立性の確保の要請、学校長の施設管理権及び他の生徒の人権とは何ら抵触するものではない。

また、当然ながら、デモや集会への参加が、高等学校等の生徒であるという地位に鑑み、不適切なものであるともいえない。したがって、放課後や休日等において学校の構外で行われる政治的活動について、届出制を設けてこれを規制する実質的根拠は存しないというべきである。

   また、高等学校等の生徒に対し、学校の構外における政治的活動についてまで届出を義務付けることは、事実上、生徒に、政治についての考え方や思想の表明を義務付けるものにほかならず、思想良心の自由(憲法19条)を侵害するものである。そして、生徒が、届出制により自らの政治的思想を教諭や校長に対して明らかにすることにより、当該思想が教諭や校長の政治的思想と相違するなどして、有形無形の不利益を受ける可能性が生ずることをおそれて、政治的活動に参加することを萎縮する可能性があることは十分考えられるところであるから、この意味においても、放課後や休日等の学校の構外における政治的活動への参加を届出制にすることは、生徒の政治的活動の自由を不当に制限するものである。

   したがって、放課後や休日等における学校の構外での政治的活動への参加の届出制は、憲法上許容されるものではない。

 2 生徒会活動・部活動等における政治的活動の禁止について

本通知第3,1項では、「教科・科目等の授業のみならず、生徒会活動、部活動等の授業以外の教育活動も学校の教育活動の一環であり、生徒がその本来の目的を逸脱し、教育活動の場を利用して選挙運動や政治的活動を行うことについて、教育基本法第14条第2項に基づき政治的中立性が確保されるよう、高等学校等は、これを禁止することが必要であること。」に十分留意する必要がある旨規定している。

ここで、「選挙運動」とは、「特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為をすることをいい、有権者である生徒が行うものをいう」とされ、「政治的活動」とは、「特定の政治上の主義若しくは施策又は特定の政党や政治的団体等を支持し、又はこれに反対することを目的として行われる行為であって、その効果が特定の政治上の主義等の実現又は特定の政党等の活動に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉になるような行為をすることをいい、選挙運動を除く。」と定義されている。

しかし、ここでいう「選挙運動」と「政治的活動」そのものが曖昧であってその限界は非常に不明確であり、本通知に基づき禁止する運動や活動を限定的に解しない限り、生徒の表現の自由や教育を受ける権利を不当に制限することとなる上、教員の教育権に対する萎縮的効果をもたらすおそれも否定できない(例えば、教員が、立法行為や行政行為等の憲法適合性についての授業を行うことまで禁止されることが懸念される)。

 3 構内における政治的活動の制限について

本Q&Aは、Q5「『選挙運動、政治的活動、投票運動は構内では禁止する』と学校が校則等で定め生徒を指導することはできますか。』との問いに対し、「Q1のとおり、学校教育法は、設置者管理主義をとっており、学校の設置者は、学校の物的管理(校舎をはじめとした施設の管理を含む。)や運営管理(児童生徒の管理を含む。)などに必要は行為をなし得るものと解されます。このことや、学校の状況等を踏まえ、学校教育の目的の達成の観点から『構内では禁止する』と校則等で定め、生徒を指導することは不当なものではないと考えられます。」として、学校設置者の施設管理権ないし運営管理権を根拠に、学校の構内での政治的活動の一切を禁止することができるとの見解を示している。

   しかしながら、上述したように、生徒は本来、政治的活動の自由を有していることに加え、法改正により、18歳に達した生徒は、主権者として国及び地方政治に参加することになるところ、政治的活動の自由は民主主義に必要不可欠の権利なのであるから、当該権利は最大限尊重されなければならない。よって、学校教育の目的達成の観点からの必要最小限度の制約はあり得るとしても、政治的活動の態様や程度等を問わず、すべての政治的活動について、一律に禁止することは、過度に広範な規制となるとともに、政治的活動に属さない表現の自由についても生徒を萎縮させ、憲法21条1項違反となる。

   また、上記2で述べたように、ここでいう「選挙運動」と「政治的活動」そのものが曖昧であってその限界は非常に不明確であり、本通知に基づき禁止する運動や活動を限定的に解しない限り、生徒の表現の自由を侵害する危険性がある。

 

第4 結語

   以上にみたとおり、本通知や本Q&Aに基づく取扱いは、最大限尊重されるべき子どもたちの政治的活動の自由に対し、法律上の根拠にもとづかず、かつ必要最小限の範囲を超えた制約を課すことを容認するものであって、生徒の人権を不当に制限し、又は、制限する危険性がある。

当会は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする弁護士の公的な法律家団体として、18歳選挙権の実施にあたって、子どもたちの政治的活動の自由が不当に制限されることがないよう、文部科学省に対しては、本通知や本Q&Aの見直しを求め、沖縄県教育委員会に対しては、生徒の表現の自由をはじめとする基本的人権を不当に侵害するような事態を招かないよう求めるべく、本決議案を提案する。

以 上

 

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