決議・声明

辺野古新基地建設にかかる沖縄県知事の公有水面埋立承認取消処分の尊重を求める決議

1 沖縄県知事による公有水面埋立承認取消の判断

  翁長雄志沖縄県知事は、2015年10月13日、沖縄防衛局による普天間飛行場代替施設建設事業にかかる公有水面埋立申請の承認処分を取消す処分(以下、「本件取消処分」という。)をなした。本件取消処分は、本件申請が公有水面埋立法(以下、「公水法」という。)第4条第1項の承認要件を充足していない瑕疵があることを理由とするものである。

  本件取消処分は単に公水法上の問題にとどまらず、その背後には、住民の同意なくして国が新たな米軍基地を建設できるかどうかという根本的な問題がある。これは沖縄の将来と日本の民主主義・地方自治等の観点から重要な憲法問題であることに鑑み、当会は次のとおり意見を表明する。

2 本件取消処分の背景

  沖縄県知事が本件取消処分を判断した背景には、以下のような事情が存する。

(1)米軍基地の集中による沖縄県民への過重負担

   沖縄県には、依然として在日米軍専用施設の73.7%(2014年3月末現在)が集中している。過度に集中している米軍基地の存在は、沖縄県民にさまざまな被害をもたらしている。

   1959年に発生した宮森小学校米軍機墜落事故では多数の幼い命が失われ、1961年に発生した現うるま市川崎への米軍ジェット機墜落事故でも尊い命が失われた。2004年には沖縄国際大学のキャンパスにヘリコプターが墜落した。本年8月12日にも、米陸軍のヘリコプターが伊計島沖の米艦船上に墜落する事故が発生している。復帰後の米軍機墜落事故は46件目となっている。

   加えて、実弾軍事演習に伴う民家等への被弾事故や、山林火災、カドミウム、PCB、ヒ素等有害廃棄物の投棄など、県民はまさに日常的に危険と隣り合わせの生活を強いられている。

   さらに、米軍機の離発着に伴う騒音による健康被害、油脂や赤土の流出に伴う環境被害、宜野湾市や嘉手納町をはじめとする基地所在市町村における適正な市街地開発の実現不能という住民生活へ大きな支障も生じている。

(2)辺野古沿岸、大浦湾周辺の環境保全の重要性

   新基地建設予定地域である辺野古沿岸、大浦湾の海域は、大浦川河口域から深い内湾が形成されており、沖縄島でも特徴的な地形となっており、沖縄防衛局の調査によっても、海域生態系において3097種(平成20年度インベントリー調査 環境保全図書6-19-1-18)、陸域生態系において植物1995種、動物3858種の合計5853種(うち重要種374種)という多数の種が確認されている。

   このように、この海域は生物多様性の極めて豊かなところであり、環境省の重要湿地500にも指定されているのみならず、沖縄島最大の海草藻場が広がっており、絶滅が危惧されている日本産ジュゴンの餌場ともなっている。

     これらの貴重な自然環境が広がっているため、沖縄県は、当初の埋立承認審査過程においても、ジュゴンの地域個体群の存続や、埋立によって喪失する海草やサンゴの移植の問題をはじめ、多くの疑念を指摘していた。

   日本弁護士連合会も、2013年11月21日付「普天間飛行場代替施設建設事業に基づく公有水面埋立てに関する意見書」を公表し、沖縄防衛局に対しては承認申請の撤回を求め、国と県に対しては辺野古崎付近と大浦湾につき国立公園に指定する等の環境保全措置を講じるよう求めていた。

   地球の持続可能性のための生物多様性の保全が国際的な課題となっているところ、生物多様性に富んだ辺野古沿岸域等の自然環境の保全は、沖縄にとっても、また日本、世界にとっても重要な意義がある。辺野古の海の埋立は、その豊かな自然環境を不可逆的に失わせるものとなる。

(3)沖縄県民の民意

   このとおり、辺野古への新基地建設は、米軍基地の過重負担解消、沖縄の自然環境の保全という観点から重大な問題があることから、沖縄県民の世論は、辺野古を埋め立て新基地を建設することには反対の意思を示している。即ち、2014年11月に行われた沖縄知事選挙では、初めて辺野古への新基地建設の是非が正面から争点となり、これに反対の意向を明確にした現知事が当選した。さらに、同年12月の衆議院議員選挙において全ての選挙区で辺野古への新基地建設反対を訴えた候補が当選したことを始めとして、上記知事選前後の関連した選挙において、辺野古への新基地建設反対を掲げた候補の当選が相次いだ。

3 沖縄県内への新たな基地の建設には、沖縄県民の同意が求められるべきこと

  日本国憲法は、地方自治を保障し、地方自治体が「地方自治の本旨」に基づいて組織、運営されねばならないと定めている(92条)。この「地方自治の本旨」とは、国から独立した団体において自らの意思にもとづいて運営されるという団体自治と、住民自らの意思に基づいて地域の事項を決定するという住民自治を内容とする。基本的人権の尊重と国民主権の原理のもとにおいて、団体自治は地方分権を通じた自由を、住民自治は地方での民主主義を制度的に保障するものとして、統治機構の根幹を構成している。したがって、住民の生命や身体、財産に大きな影響を及ぼす新しい米軍基地の建設という極めて重大な問題が住民の意思に基づいてなされなければならないということ、そしてそれが地方の判断として尊重されるべきことは、まさに憲法上の要請であるというべきである。

    とりわけ沖縄県における米軍基地は、戦時下において接収された土地と1951年のサンフランシスコ講和条約後に「銃剣とブルドーザー」によって強制的に奪われた土地に建設されたもので土地の所有者あるいは沖縄県民の意思に基づいて建設されたものでは決してない。

  しかし今、国は、沖縄県内の世論調査では反対が多数を占め、県と地元市の首長が反対の意思表示をしているにもかかわらず、建設工事を進めようとしているのである。

  過去と同じように住民の意思に基づかずに基地建設を進めるということはあってはならない。住民の意思に基づかずに米軍基地が建設され、長年にわたって基地から生じる様々な問題に苦しんできたという歴史に鑑みれば、今度こそは住民の意思を率直に受け止めなければならないはずである。

  米軍への施設区域の提供については、住民への生命や身体、財産に大きな影響を及ぼす可能性があるにもかかわらず、住民の意向を反映させる法律上の仕組みが一切存在しない。米軍への施設区域の提供が安全保障上の政治判断が必要だとしても、住民意思がまったく反映されないという法制度は不当といわねばならない。この点は、日本弁護士連合会も、日米地位協定に関する意見書(2014年2月20日)において、米軍への施設区域提供や返還に当たり、住民や自治体の意見が尊重される仕組みがつくられるよう求めている。

4 公有水面埋立免許・承認の判断権が知事にあることの地方自治法上の意義

  地方自治法によれば、公有水面埋立免許ないし承認の判断権は、法定受託事務として都道府県知事に委ねられている。これが国の事務とされているのは、その対象となる公有水面が国の管理する法定外公共物であることに基づくものと考えられたからである。しかし、それでもなお、国の固有の事務として国が判断するのではなく、法定受託事務として公水法が公有水面の埋立承認の判断を都道府県知事に委ねている趣旨を考える必要がある。

  1999年の地方分権一括法の制定により、地方自治法における国と地方公共団体との役割分担が見直され、国は「国際社会における国家としての存立にかかわる事務、全国的に統一して定めることが望ましい国民の諸活動若しくは地方自治に関する基本的な準則にかかわる事務又は全国的な規模で若しくは全国的な視点に立って行わなければならない施策及びその他国が本来果たすべき役割」を重点的に担い、「住民に身近な行政」は「地方公共団体に委ねることを基本」とすることとなった(地方自治法第1条の2第2項)。

  このように見直された役割分担の観点から検討すると、公有水面の埋立、即ちどの海を埋め立てあるいは埋め立てないかという問題は、本来的に「国家としての存立にかかわる事務」あるいは「全国的な規模で若しくは全国的な視点に立って行わなければならない施策」等ではなく、治山・治水といった防災等の観点から「全国的に統一して定めることが望ましい国民の諸活動」に当たることから法定受託事務とされているというべきである。

  ただ、どの海を埋め立てあるいは埋め立てないかという個々の判断に際しては、当該公有水面の地理的状況や環境、他の土地利用状態との整合性などに鑑みて、埋め立ての合理性を個別に検討して行う他ないことから、地域の実情を詳細に知りうる、各公有水面のある都道府県知事に許否の判断を委ねたということが、委託の趣旨であるというべきである。

  地方自治法が「国は、…地方公共団体に関する制度の策定及び施策の実施に当たって、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるようにしなければならない。」とした点も鑑みれば(地方自治法1条の2第2項)、公水法の埋立許否の判断は、法定受託事務であっても、その委託の趣旨に従い、国の関与は、防災等の観点に限られ、埋立の合理性等の判断に関しては、地方自治体の自主的な判断が尊重されなければならないというべきである。

5 知事の判断を尊重すべきこと

  以上にみてきたとおり、米軍への新たな施設区域の提供にあたっては、それにより大きな影響を受ける住民の同意を求めて行うべきであり、沖縄県知事がなした本件取消処分は、米軍基地の過重負担の解消や沖縄の自然環境保全の観点から、住民の民意に依拠し、地方自治体として主体的に判断をなしたものである。

  政府は、地方自治の本旨にもとづき、沖縄県知事の判断を尊重するのが憲法の趣旨にかなうものであり、本件取消処分を受け入れ、これに従うべきである。

6 政府による行政不服審査法による審査請求

しかしながら、沖縄県知事による本件取消処分に対し、2015年10月14日、沖縄防衛局は、本来行政不服審査法が予定していない同法上の審査請求及び当該処分の執行停止を申し立て、同月27日、国土交通大臣は執行停止を決定した旨公表した。

   行政不服審査法が「行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民に対して広く行政庁に対する不服申立ての途を開くことによって、簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的」としていることからも明らかな通り(同法第1条第1項)、この手続は、国民の救済のための手続であって、国が不服申立の当事者となることを想定していない。

  この行政不服審査請求の手続によった場合、国と沖縄県が対立している重大な事案について、国の機関である沖縄防衛局の申立に基づいて、同じく国の機関である国土交通大臣が判断することになり、アンフェアであることは誰の目にも明らかである。

  このような行政不服審査法の性格を当然熟知していながら、あえてこの手続を利用して執行停止を得た国の姿勢は、地方公共団体の判断を無視するものであり、今まさに地方自治が危機に瀕していると言わざるを得ない。

  このような手法が確立すれば、地方と国の意見が対立する問題について、国が地方の判断をことごとく無視することが可能となるのであって、沖縄の基地問題というにとどまらず、全国共通の地方自治の問題としてとらえられなければならない。

7 拙速な代執行

  政府は、2015年10月27日、県知事の承認取消に対して是正を求め、地方自治法上の代執行の手続を取る方針を発表した。

  ところで、上記のような是正の指示ないし勧告を出すということは、知事のなした承認取消の判断が実体法上も違法であることを、政府として判断したということとなる。しかしながら、本来、承認取消の是非を判断するに当たっては、多数の論点について、慎重な検討が必要となるはずであって、上記のような是正指示ないし勧告及び代執行の方針の発表は、代執行の要件該当性を十分判断してなされたものであるかについて重大な疑問があり、いかにも拙速と言わざるを得ないものである。

8 豊かな自然が維持された環境のもとで平和のうちに生存することを求めて

(1)「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有すること」(前文)を確認した日本国憲法は、沖縄における凄惨な地上戦をはじめとした国内外にもたらした戦争の惨禍を繰り返さないことを誓って誕生した。

     ところが、沖縄は、戦後27年間にわたり米軍占領下におかれて日本国憲法の適用がなされず、在沖米軍基地は、その間、朝鮮戦争やヴェトナム戦争への出撃の重要拠点となった。そして、日本復帰後もこの状況は変わらず、在沖米軍は、湾岸戦争やイラク戦争、アフガン戦争へと展開をしてきた。9・11テロの際には、在沖米軍基地も警戒対象となったことにもみられるとおり、今も集中する米軍基地と隣り合わせの沖縄県民は、常に米軍が行ってきた現実の戦争の危険と接しているといえる。

   沖縄への米軍基地の集中を解消し、沖縄県民が米軍による戦争に巻き込まれる危険を能う限り減じ、平和のうちに安心してくらせるよう取り組むのが、憲法にもとづく政府の責務というべきである。

(2)また、人が健康で快適な生活を維持する条件としての良好な環境を享受する権利としての環境権は、急速かつ大規模に地球環境が悪化してその持続可能性が問われるようになった今日、ますます重要なものになってきている。

   この沖縄においても、亜熱帯島嶼域に特有の自然環境は、沖縄県民のみならず国際的に貴重な財産といえるが、その劣化が急速に進んでいるのも同様であり、今こそその保全が求められるといえる。政府が策定した「生物多様性国家戦略2012-2020」では、わが国の将来像として「ジュゴンが泳ぐ姿が見られる」豊かな自然環境の保全を目標としており、政府は自ら定めた取り組みに全力を尽くすべきである。

9 当会は、すでに、2010年12月13日の臨時総会にて「沖縄への新たな米軍基地建設に反対する決議」を挙げ、さらに2014年1月15日には、「普天間飛行場代替施設建設事業に基づく公有水面埋立申請を沖縄県知事が承認したことに反対する会長声明」を公表したところであるが、今般の情勢にかんがみ、あらためて以上の決議をなすものである。

 2015年(平成27年)10月27日

   沖 縄 弁 護 士 会

 

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