秘密保全法制に反対する総会決議
2011年8月8日、「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」は、秘密保全法制を早急に制定すべき旨の「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」を発表した。
しかしながら、この「秘密保全法制」は、憲法上の諸権利を侵害し、その原理・理念に反するものといわなければならない。
そもそも、今日に至るまで、公務員の職務上の守秘義務の励行により、秘密とされるべき情報は保全されてきたものであり、特定の防衛秘密の漏えいには、現行法でも重い懲役刑を科すことができるのであって、新たな秘密保全法制は不要である。
ところで、上記報告書は、「国の存立にとって重要な情報」を「特別秘密」と指定して処罰対象とするが、この概念自体、広範かつ曖昧である上、その指定権限は各行政機関等に付与され、恣意的運用を防げない。さらに、特別秘密の「特定取得行為」として、「犯罪に至らないまでも社会通念上是認できない行為を手段とするもの」を処罰対象とするが、強要、住居侵入、贈収賄などの犯罪に至らない取材活動のうち、どこまで許容されるのか不明で、取材自粛に陥るおそれがある。
また、上記報告書の提唱する「適正評価制度」も、対象者やその関係者の思想・信条・信仰、一定の国籍や民族に関わりがあること自体をもって秘密漏えいのリスクととらえ、広範な差別的取扱いを助長するおそれがあり、問題である。
さらに、国家秘密を漏えいや取得などの罪に問われるような場面において、当該被疑者・被告人が、その防御のために行おうとする資料収集や関係者への事情聴取等に関し、それらの調査活動そのものが規制されるおそれがあり、被疑者・被告人の防御権が大きく制約され、適正手続の保障に反するものである。
当会は、このような憲法上の諸権利・原理に対する重大な侵害となる秘密保全法案の国会提出に反対し、政府に対し、同法の制定を断念するように求めるものである。
とりわけ、沖縄においては、沖縄返還協定締結の際の密約はもちろん、日米安保条約をめぐる日米政府間の秘密合意、日米合同委員会での秘密合意など、政府の情報秘匿行為により不利益や被害を被ってきた。新たな「秘密保全法制」のもとでは、よりいっそう、時の権力にとって不都合な情報について、刑罰による威嚇をもって国民から容易に秘匿される。本法制の必要性についてはきわめて強く異議を述べ、その制定に断固反対するものである。
平成24年(2012年)5月30日
沖縄弁護士会定期総会
提 案 理 由
1 はじめに
2011年8月8日、「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」は、秘密保全法制を早急に制定すべき旨の「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」を発表した。
報道によると、政府は、秘密保全法案の今国会への提出は断念したものの、秋の臨時国会への提出を検討しているとのことである。
秘密保全法制は、基本的に、1985年に国会に提出され、厳しい反対世論の前で廃案となった「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」と同趣旨のものであって、数多くの憲法上の諸権利・原理に対する重大な侵害となるものであるから、当会は同法制の制定に反対するものである。
2 秘密保全法制の必要性がないこと
報告書においては、秘密保全制定のための立法事実として、2000年から2010年までの情報漏えい事件があったことを挙げている。
しかしながら、これらの報告書に挙げられた情報漏えい事件は、そのほとんどが起訴猶予処分で終わっており、何ら本法制による重い処罰の必要性を裏付けるものではない。
今日まで、公務員の職務上の守秘義務の励行により、秘密とされるべき情報は不都合なく保全されてきたのであり、到底、本法制制定の必要性があるものとは言えない。
また、現行法下においても、特定の防衛秘密の漏えいには、最大5年以下の懲役を規定する自衛隊法や最大10年以下の懲役を規定する日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法を適用しうることとなっており、実際にそれらに沿って処分が行われた事例もあるのであって、新たに秘密保全法を制定する必要はない。
報告書は、本法制の制定の必要性を基礎づける過去の情報流出事件として、2010年の尖閣漁船衝突事件に係るビデオ映像流出事件を挙げている。
しかしながら、同事件に至っては、同ビデオ映像を隠そうとしていた政府の態度こそが、国民の知る権利に反するものとして批判されるべきであった。結局のところ、同ビデオ映像は、単に、政府にとって「不都合」であったというものに過ぎず、秘密保全法制は、まさに、このような政府にとって都合の悪い情報が国民の批判にさらされることを妨げるものにほかならない。仮に、同ビデオ映像の流出について、これを処罰しようとするなら、現行法においても処罰可能であったのだから、新たな秘密保全法制は不要である。
とりわけ、当地沖縄においては、沖縄返還協定締結の際の密約はもちろん、日米安保条約をめぐる日米政府間の秘密合意、日米合同委員会での秘密合意など、政府の情報秘匿行為により不利益や被害を被ってきたものである。
本法制は、よりいっそう、時の権力にとって不都合な情報が処罰の威嚇をもって国民から容易に秘匿されることとなるのであり、本法制の必要性については強い異議を述べざるを得ない状況にある。
3 表現の自由を侵害すること
報告書においては、「特別秘密」という概念を創設し、①国の安全、②外交、③公共の安全及び秩序の維持の分野の情報のうち「国の存立にとって重要な情報」について「特別秘密」として指定し、その漏えい行為や後述の特定取得行為を処罰するとのことである。
しかし、この対象範囲は、広範かつ曖昧である上、「特別秘密」指定の権限は各行政機関等に付与するとされており、第三者による監視も予定されておらず、行政の恣意的指定を許すものとなっている。
また、報告書では「特定取得行為」を処罰するとしている。
報告書によれば、「特定取得行為」について、「犯罪行為や、犯罪に至らないまでも社会通念上是認できない行為を手段とするもの」を処罰対象とすることとしている。しかし「社会通念上是認できない行為を手段とするもの」という要件は極めて不明確であり、いかなる取材活動が社会通念上是認できないかの判断はおよそ不可能であって、処罰を避けるためには、報道機関において取材そのものを自粛する事態になりかねない。
更に、本法案が特定取得行為の共謀をも処罰対象としていることからすれば、およそ取材活動に対して無限定に処罰対象を広げることになりかねず、取材の自由は著しく脅かされることとなる。
いうまでもなく、取材の自由・報道の自由は、国民の知る権利に資するものとして表現の自由として保障される。かかる自由は主権者たる国民に政治的意思決定に必要不可欠な憲法上の権利である。本法制は、上記取材の自由・報道の自由を著しく脅かし、主権者たる国民の政治的意思決定に必要な情報の流通を大きく妨げるものであるから、表現の自由に対する重大な侵害である。
また、報告書では、特別秘密の漏えい、上記特定取得行為のほか、それらの未遂行為、共謀行為、独立教唆行為及び扇動行為を処罰すべきものとしている。
しかし、特別秘密の範囲が不明確であるのに独立教唆行為・扇動行為について処罰するとすれば、どのような場合に犯罪が成立するのか極めて不明確であって、この点でも国民の表現活動を委縮させるものである。
4 人的管理制度の問題点
報告書は、秘密管理を徹底するためとして、特別秘密を取り扱う人的管理について、「適正評価制度」を導入するとしている。
しかし、この適正評価制度は、対象者やその関係者が特定の思想・信条・信仰を有していることや一定の国籍や民族に関わりがあること自体をもって秘密漏えいのリスクがあるとして特別秘密の取扱者から除外されるという広範な差別的取扱いがなされるおそれがあるところ、報告書では、このような差別的取扱いの禁止について何らの検討もしておらず、極めて不当である。
また、特別秘密取扱者から除外されることは対象者に重大な不利益をもたらすものであるところ、報告書は、評価基準を非公開としているうえ、司法的な救済のあり方や審理の方法などについても何ら検討していないのであって、適正手続保障や司法手続による事後の救済の観点からの検討が欠落しており、不当である。
5 適正手続違反・弁護権の侵害
刑事裁判において適正手続が保障されなければならないことは、憲法31条が規定するところである。
国家秘密を漏えいし、違法に取得し、又はその教唆扇動共謀行為を行ったとして起訴された場合、被告人や弁護人に対し、およそ国家秘密を秘匿したまま裁判を行うとすれば、被告人はどのような事実で処罰されるかわからない状態で裁判を受けることとなり、被告人の防御権を不当に奪うこととなり、適正手続に違反するおそれがある。
そればかりか、被疑者・被告人は,自己の防御のため、弁護人等を通じて秘匿された国家秘密にできるだけ接近する必要があるところ、弁護人の関係者への事情聴取等の調査活動、資料の収集活動も本法制の独立教唆や予備,共謀等の罪に問われる可能性は否定できないのであって、被疑者・被告人の防御権を大きく制約し,適正手続の保障に反するものである。
報告書は、上記適正手続違反の可能性や弁護権の侵害の可能性という重大な問題について、何ら言及すらしていないのであって、不当である。
6 以上検討したとおり、当会は、このような憲法上の諸権利・原理に対する重大な侵害となる秘密保全法案の国会提出に反対し、政府に対し、同法の制定を断念するように求めるものである。
以 上