全ての事件における取調べの全過程の録音・録画を実現するとともに、弁護人を取調べに立ち会わせる権利を確立することを求める決議
2025(令和7)年5月27日
沖縄弁護士会
決議の趣旨
当会は、国に対し、被疑者が自己に不利益な供述を強要されない権利を実質的に保障するため、刑事訴訟法等を改正し、①取調べの録音・録画制度の見直しを進め、全ての事件において、逮捕又は勾留されている被疑者に限らず、全ての被疑者及び参考人の取調べについて、全過程の録音・録画を義務付けること、及び②被疑者が取調べを受けるに際しては弁護人を立ち会わせる権利を確立することを求める。
決議の理由
第1 日本における取調べの実態と取調べの録音・録画制度
1 日本では、かねてより、捜査機関が嫌疑を向けた市民を長時間取調室に留め置き、自白をはじめとする捜査機関の心証に合致する供述を獲得する捜査が行われてきた。ときに、その手 段として、不利益を告知し、不安を覚えさせ、精神的苦痛を与える言動が用いられてきた。そのような違法・不当な取調べによって作られた供述証拠は、刑事裁判の事実認定を誤らせ、多くのえん罪を生み出してきた。
例えば、死刑判決後に再審無罪となった袴田事件では、8月の猛暑の中、日曜日も休まず1日平均約12時間、長い日は16時間50分もの取調べが行われており、精神的・肉体的な拷問と言っても過言ではない。外部と遮断された中での苛酷な取調べにより正常な意思と判断力を維持することに限界がきている中で、袴田氏は、自らの「生命」を守るために、「自白」せざるをえなかったのである。
2 袴田事件のように、違法・不当な取調べによって作成された供述証拠によりえん罪が生み出される状況は、決して過去のものではない。
2011(平成23)年には、志布志事件、氷見事件、足利事件、布川事件、郵便不正・厚生労働省元局長事件等のえん罪事件の発覚を受けて、法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会(以下「特別部会」という。)が設置された。これらのえん罪事件は、いずれも取調べを通じて作られた虚偽の供述によって生じたものである。違法・不当な取調べと、それによって作られた 供述証拠に依存した刑事裁判が深刻な人権侵害を引き起こしていることが、改めて浮き彫りになった。特別部会では、3年に及ぶ議論の末、施行後一定期間経過後に実施状況を検証し、見直しを図ることを条件として、裁判員制度対象事件及び検察官独自捜査事件について逮捕又は勾留された被疑者の取調べの録音・録画を義務付ける案が全会一致で取りまとめられた。
2016(平成28)年には、前記取りまとめに基づく刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成28年法律第54号。以下「改正刑訴法」という。)により、取調べの録音・録画制度が創設され、2019(令和元)年6月に施行された。
第2 取調べの録音・録画制度創設後の取調べの実態
1 上記のとおり、取調べの録音・録画制度が創設された後も、録音・録画の対象となっていない事件のみならず、録音・録画されている事件においても、違法・不当な取調べがされていることが明らかとなっている。
取調べの録音・録画は、違法・不当な取調べを抑止する上で一定の役割は果たしていると解されるが、録音・録画のある取調べにおいても、被疑者らの人格を否定し、供述を歪める取調べが繰り返されているのである。
2 例えば、2021(令和3)年12月20日に札幌地方裁判所に国家賠償請求訴訟が提起された事案では、北海道警察の警察官が、実子をクローゼットに閉じ込めたとして監禁の疑いで逮捕・勾留され、後に不起訴とされた被疑者が黙秘権を行使したにもかかわらず、合計28時間以上取調室に拘束し、「いらない子だったの?」、「じゃあ産まなきゃよかったんじゃないの?」などと侮辱し、「黙っていても何もいいことないし、ただただ時間が過ぎて行って、表面立ったことが真実になっちゃうよ」などと申し向けて、供述を強要しようとする状況が、録音・録画されていた。
また、2022(令和4)年3月7日に東京地方裁判所に国家賠償請求訴訟が提起された事案では、横浜地方検察庁の検察官が、弁護士であった被疑者が黙秘権を行使したにもかかわらず、21日間で合計56時間取調室に拘束し、「着眼点がトロいな」、「稚拙な主張、なんだこれ」、「下手クソなんだよ」、「うっとうしいだけなんですよ。イライラさせる、人をね」、「あなたの中学校の成績見てたら、あんまり数学とか理科とか、理系的なものが得意じゃなかったみたいですね。なんかちょっとさ、論理性がズレてるんだよなあ」などと侮辱し続ける状況が、録音・録画されていた。
3 録音・録画されていたにもかかわらず検察官の不適切な取調べが問題となった最近の案件として、いわゆるプレサンス事件がある。
プレサンス事件は、大手不動産会社プレサンス社の代表取締役であった山岸氏が、M学院の再建資金としてT社に18億円を貸し付けたところ、M学院のA理事長らがM学院から21億円を横領した上で上記18億円の返済をしたことについて、山岸氏がA理事長らの共犯であるとして、大阪地検特捜部に逮捕・勾留され、起訴されたえん罪事件である。山岸氏らはA理事長らの横領について全く認識していなかったが、検察官は、山岸氏の部下らを激しく責め、山岸氏が横領を知っていたという趣旨の供述をさせた。検察官は、元部下に対して「検察なめんな。ふざけんな。」「検察は人の人生を狂わせる権力をもっている」などと一方的に約50分間怒鳴り、机を叩くなどして責め立てたほか、「あなたの説明だと、あなたは山岸さんを騙して、プレサンス社の評判を貶めた大罪人になる。損害は10億、20億ではすまない」などと脅迫した。その結果、元部下は、山岸氏が将来の横領を知って18億円を貸し付けたかのような虚偽の供述をするに至った。
刑事裁判では、このような山岸氏の関与を認めるかのような元部下らの供述の信用性が否定され、山岸氏に対する無罪判決が言い渡された。また、大阪高等裁判所は、付審判請求について、2024(令和6)年8月8日、検察官の言動は特別公務員暴行陵虐罪にいう陵虐の行為に該当するとして、審判に付する旨の決定をした。
第3 取調べの在り方を抜本的に見直す必要性
1 日本における取調べの在り方は、抜本的に見直されなければならない。
憲法第36条は「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」として、拷問を絶対的に禁止している。
国連では、1984(昭和59)年に、拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取り扱い又は、刑罰に関する条約(以下「拷問等禁止条約」という。)が採択され、日本は1999(平成11)年に加入している。拷問等禁止条約は、「身体的なものであるか精神的なものであるかを問わず人に重い苦痛を故意に与える行為であって、本人若しくは第三者から情報若しくは自白を得ること、本人若しくは第三者が行ったか若しくはその疑いがある行為について本人を罰すること、本人若しくは第三者を脅迫し若しくは強要することその他これらに類することを目的として又は何らかの差別に基づく理由によって、かつ、公務員その他の公的資格で行動する者により又はその扇動により若しくはその同意若しくは黙認の下に行われるもの」を「拷問」と定義し(第1条第1項)、「締約国は、自国の管轄の下にある領域内において拷問に当たる行為が行われることを防止するため、立法上、行政上、司法上その他の効果的な措置をとる」ものとしている(第2条第1項)。
自白をはじめとする捜査機関の心証に合致する供述を得ることを目的として、人を長時間取調室に拘束し、不利益を告知するなどして重い精神的苦痛を与える行為を防止するため効果的な措置をとることは、憲法及び国際人権法が要請するものである。
2 そして、日本の取調べの在り方は、現に国際機関から見直しを求められている。
国連拷問禁止委員会は、日本に対する2013(平成25)年6月29日付け総括所見(第2回報告書審査)において、「締約国の司法制度が、実務上、自白に強く依存しており、自白はしばしば弁護士がいない状態で代用監獄での拘禁中に獲得される。委員会は、叩く、脅す、眠らせない、休憩なしの長時間の取調べといった虐待について報告を受けている」、「すべての取調べの間、弁護人を立ち会わせることが義務的とされていないこと」、「警察拘禁中の被拘禁者の取調べが適切な行為であることを証明するための手段が欠けていること、特に、連続的な取調べの持続に対して厳格な時間制限がないこと」等について、「深刻な懸念を抱いている」と表明し、「取調べ時間の長さについて規程を設け、その不遵守に対しては適切な制裁を設けること」、「刑事訴追における立証の第一次的かつ中心的な要素として自白に依拠する実務を終わらせるために、犯罪捜査手法を改善すること」、「取調べの全過程の電子的記録といった保護措置を実施し、その記録が法廷で利用可能とされることを確実にすること」等の措置をとるべきであると勧告している。
国連自由権規約委員会も、日本に対する2022(令和4)年11月30日付け総括所見(第7回報告書審査)において、「実務上、取調べの実施に関する厳しい規制がないこと、取調べのビデオ録画が義務付けられる範囲が限定的であるとの報告について懸念する」と表明している。
3 日本の捜査機関は、取調べには真相を解明する機能があるとし、取調べへの弁護人立会いにより、この機能が損なわれると強調する。
この点、日本における違法・不当な取調べは、しばしば「真実を語らせる」ことや、「反省を促す」ことを口実として行われており、少なくとも、取調官の主観においては、それらを目的として行われているのかもしれない。
しかしながら、そのような口実あるいは取調官の主観的目的は、長時間の拘束、不利益の告知、不安や精神的苦痛を与える行為を正当化し得るものではない。このような取調べは、憲法第38条第1項に違反する供述の強要であり、刑事裁判の事実認定を誤らせる虚偽の証拠の作出につながる危険がある。
取調べは、本来的に、捜査機関の心証に合致する供述証拠を作るためのものではなく、任意の供述を求め、その供述を聴取・保存する手続である。日本の捜査機関は、その基本に立ち返るべきである。
第4 全事件・全過程の取調べの録音・録画と、弁護人立会いの必要性
1 取調べの録音・録画は、違法・不当な取調べを抑止する上で一定の役割を果たしていると解されるが、現行法上、その対象は極めて限定されている。
加えて、違法・不当な取調べは録音・録画の下でも行われていることが判明しているが、前記第2で具体的に挙げたような違法・不当な取調べは、録音・録画があったからこそ、白日の下にさらされることとなった。他方で、捜査機関が録音・録画を行っていない部分において、どのような違法・不当な取調べがどの程度繰り返されているのか、その実態は明らかではない。すなわち、取調べの録音・録画は、違法・不当な取調べを完全に抑止することはできないものの、違法・不当な取調べを可視化する機能も持っている。このような観点からも、全ての事件における全過程の録音・録画の義務付けは、必須である。
そして、参考人取調べについても、被疑者取調べと同様、その状況を客観的に記録することには意義があり、被疑者取調べの録音・録画義務の潜脱を防止するためにも、録音・録画を義務付けるべきである。
よって、取調べの録音・録画制度の見直しを進め、早急に、全ての事件において、逮捕又は勾留されている被疑者の取調べに限らず、参考人の取調べも含めた、全過程の録音・録画(取調べの可視化)を義務付ける法改正をすべきである。
2 違法・不当な取調べを防止するためには、録音・録画だけでは不十分であり、被疑者が取調べを受けるに際しては、弁護人を立ち会わせる権利を確立すべきである。
憲法上、被疑者・被告人には黙秘権が保障されているし(憲法第38条第1項)、現行制度上も、被疑者への取調べに際しては、捜査機関による黙秘権告知は行われている。しかし、被疑者取調べは、被疑者にとって孤立無援の状態で行われ、黙秘権を行使しようとしても、しばしば取調べが延々と続くことにより、憲法上の黙秘権保障が形骸化している。
加えて、被疑者には、弁護人の援助を受ける権利(憲法第34条及び第37条第3項)が保障されているところ、弁護人の援助を最も必要とするのは、取調べの場面である。違法・不当な取調べをその場で抑止するとともに、供述の自由を確保し、自己に不利益な供述を強要されない権利を実質的に保障するためには、弁護人を立ち会わせることが必要である。
捜査機関が弁護人を立ち会わせることについて裁量を有するものと解し、弁護人が立ち会うことのできないときに取調べを行うことができるものとすることは、弁護人の援助を受ける権利を有名無実化するものである。被疑者が取調べを受けるに際しては、弁護人を立ち会わせる権利があることを明確にすべきである。
今日、アメリカ、EU諸国、韓国、台湾など多くの国・地域では、一般的に弁護人の取調べへの立会いが認められており、日本の後進性は明らかなものとなっている。国連拷問禁止委員会の総括所見(第2回報告書審査)でも「すべての取調べの間、弁護人を立ち会わせることが義務的とされていないこと」について「深刻な懸念」が表明されている。
第5 結語
当会は、2009(平成21)年2月3日付けで「取調べの可視化(取調べの全過程の録画・録音)を求める会長声明」、2010(平成22)年10月26日付けで「取り調べの可視化と検察官手持ち証拠全面開示を求める会長声明~厚生労働省元局長無罪事件を受けて~」を発出し、2014(平成26)年5月28日付けで「被疑者・被告人に対する取調べにおける例外のない録音・録画(可視化)の法制化を求める決議」をし、また、2025(令和7)年2月1日には「全事件の取調べの可視化・取調べの立会い」に関するシンポジウムを開催するなどして、取調べの全面録画や弁護人の取調べへの立会い実現に向けて取り組んできた。
以上の理由から、当会は、決議の趣旨記載のとおり、国に対し、被疑者が自己に不利益な供述を強要されない権利を実質的に保障するため、刑事訴訟法等を改正し、①取調べの録音・録画制度の見直しを進め、全ての事件において、逮捕又は勾留されている被疑者に限らず、全ての被疑者及び参考人の取調べについて、全過程の録音・録画を義務付けること、及び②被疑者が取調べを受けるに際しては弁護人を立ち会わせる権利を確立することを求めるものである。
以上