決議・声明

            日本学術会議法案に反対する会長声明

1 はじめに 
  2025(令和7)年3月7日、政府は、現行の日本学術会議法(以下「現行法」という。)を廃止し、「国の特別機関」

 である現行の日本学術会議(以下「学術会議」という。)に代えて、特殊法人として新たな「日本学術会議」を発足させる

 ことを内容とする日本学術会議法案(以下「本法案」という。)を閣議決定し、衆議院に提出した。

  しかしながら、本法案は、政府による学術会議に対する実質的な介入を許す制度となっており、学術会議の政治権力から

 の独立性・自律性を損なうおそれが大きいものであって、憲法23条の保障する学問の自由との関係で極めて重大な問題が

 ある。

2 学問の自由(憲法23条)から導かれる学術会議の独立性・自律性
 ⑴ 学問の自由について
   日本国憲法が23条において学問の自由を、思想・良心の自由(憲法19条)や表現の自由(憲法21条)から独立し

  て定めた趣旨は、戦前の軍国主義下において政治権力により数々の学問弾圧(滝川事件、天皇機関説事件等)がなされて

  きたという歴史の反省の下、真理の発見・探求という学問の自由を保障し、政治権力の干渉や弾圧を排除しようとした点

  にある。

   そして、憲法23条は、大学の自治も保障していると解されているが(制度的保障)、これは、大学が学術の中心として

  深く真理を探究し、専門の学芸を教授研究することを本質とするものであり、個々の研究者の枠を超えた学問共同体の独

  立性・自律性を保障することにより学問の自由の保障をより強固にしようという趣旨に基づく。

   そして、この趣旨は、大学以外の学問共同体についても妥当する。したがって、学問共同体の独立性・自律性は憲法23

  条によって保障され、学問共同体の自律的な研究や意思決定に、国家が政治的圧力をかけたり介入したりすることは禁止さ

  れていると解される。

 ⑵ 学術会議の独立性・自律性について
   学術会議は、1949(昭和24)年に「科学が文化国家の基礎であるという確信に立って、科学者の総意の下に、わが

  国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命」(現行法前文)と

  、「わが国の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透さ

  せることを目的」(現行法2条)として設立されたものであり、その設立当初から我が国のナショナルアカデミーとして位

  置づけられてきたものである。

   学術会議が、ナショナルアカデミーとして役割を果たすためには、学者の総意を社会や国、国際社会に発信できる組織で

  なければならず、そのためにはナショナルアカデミーの要件として国際的に広く認識されている基準である「①学術的に国

  を代表する機関としての地位、②そのための公的資格の付与、③国家財政支出による安定した財政基盤、④活動面での政府

  からの独立、⑤会員選考における自主性・独立性」の5要件がすべて満たされるよう組織体制が確立される必要がある。

   現行法3条において、学術会議がその職務を「独立して」行うと定めているのも、そのナショナルアカデミーとしての役

  割の重要性が認識されていたからにほかならない。特に近年は、地球環境問題のように、1つの学問分野の知識のみでは解

  決できない複雑多岐な学問分野に及ぶ問題について、様々な分野の専門家会員を擁し横断的な提言を行うことができる学術

  会議の役割の重要性は増しており、学術会議には、時の政治権力からの独立性・自律性の確保が一層強く求められるといえ

  る。

   このような学術会議の性質や役割に照らすと、学術会議は,憲法23条によって独立性・自律性が保障されるべき学問共

  同体であることは疑いようがない。

 

3 本法案の問題点
  しかし、本法案は、主として次に述べる点において、現行法と比較して学術会議の独立性・自律性の保障を大きく後退させ

 るものと言わざるを得ず、憲法23条の保障する学問の自由との関係で極めて重大な問題がある。

 ⑴ 会員候補者の選考、会員の選任について
   現行法は、学術会議の会員の選考は、学術会議自身が「優れた研究又は業績がある科学者」から候補者を選考して推薦し

  (現行法17条。諸外国の多くのナショナルアカデミーが採用している標準的な会員選考方法(コ・オプテーション))、こ

  の推薦に基づいて内閣総理大臣が会員を任命するものとされている(現行法7条)。この内閣総理大臣による任命はあくま

  で形式的かつ限定的なものとするのが従来の確立した政府解釈である。

   しかし、本法案では、新たに設置される会員候補者選定委員会による会員候補者の選定に際して、「会員、大学、研究機

  関、学会、経済団体その他の民間の団体等の多様な関係者から推薦を求めること」(本法案30条2項)や、「行政、産業界

  等との連携による活動、研究成果の活用に関する活動その他の多様な活動の実績のある科学者」を含めるよう配慮すること

  (本法案30条4項3号)などが新たに求められている。

   上記本法案の内容は、純粋な学術的評価に基づいて学術会議自身が会員候補者を選ぶ制度とは異なり、会員選考に関する

  学術会議の独立性・自律性を損なうものといえる。

 ⑵ 政府による関与、介入を広く可能とさせる内容となっていることについて
   現行法は、学術会議に対する政府の関与は、内閣総理大臣による会員の形式的な任命(現行法7条、17条)と予算措置

  (現行法1条3項)程度であり、学術会議はその職務を「独立して」行うと明記されており(現行法3条1項)、政府による

  関与は限定的である。

   ところが、本法案では、上記学術会議がその職務を「独立して」行うとの文言は削除され、①会員以外の者から内閣総理

  大臣が任命する「監事」を置き、会議の業務を監査させる(本法案19条、23条)、②会員以外の者で構成される「運営

  助言委員会」が会議の活動計画、予算、組織の管理・運営などについて意見を述べる(本法案27条、36条)、③内閣府

  に内閣総理大臣によって任命された者で構成される「日本学術会議評議員会」が会議の自己点検評価の方法及び結果につい

  て調査審議して意見を述べ、中期的な活動計画について意見を述べる(本法案42条3項、51条)等となっている。

   上記本法案の仕組みは、学術会議に対する政府の関与、介入を広く可能とさせるものであり、学術会議の独立性・自律性

  に対する重大な脅威となるおそれがある。

 ⑶ 財政上の制約について

   現行法は、「日本学術会議に関する経費は、国庫の負担とする」(現行法1条3項)としているが、本法案では、政府が「

  必要と認める金額を補助することができる」(本法案48条1項)と規定されるにとどまっており、今後、政府の財政支出

  が抑制され、ナショナルアカデミーに相応しい財政基盤が不安定化することが懸念される。

 ⑷ 小括

   以上のように、本法案は、学術会議の会員選考の自律性を制限し、学術会議に対する政府の関与、介入を広く可能とし、

  また学術会議の財政基盤を不安定化させるおそれがある等の点において、学術会議の独立性・自律性を大きく後退させる内

  容となっており、憲法23条の保障する学問の自由との関係で極めて重大な問題があると言わざるをえない。

 

4 本法案による日本学術会議の組織改編の背景
  政府による学術会議に対する不当な介入は、2020(令和2)年10月に発生した学術会議会員候補者6名の任命拒否に

 端を発するものである。当時の報道によれば、任命拒否された学者の中には、安全保障関連法、共謀罪の創設、名護市辺野古

 埋立を巡る行政不服審査法に基づく審査請求などにおいて、政府に批判的な意見を表明した者が含まれていた。まさに、時の

 政治権力の意向に反する結果をもたらした研究者が狙い撃ちされたものといえる。このような問題を受け、当会は、2020

 (令和2)年10月27日付「日本学術会議の会員任命拒否に対し抗議する会長声明」において、政府による同会議会員6名

 の任命拒否は、自由な学問・研究活動に対する萎縮的効果を与えるものであり、学問の自由(憲法23条)のみならず、表現

 の自由(憲法21条)をも脅かしうるものであると指摘し、任命拒否に強く抗議し、6名を直ちに任命するよう是正を求め

 た。

  それにもかかわらず、政府は、上記問題を放置したまま、憲法問題を更に深刻化させる法改正を進めており到底看過できな

 い。

 

5 結語
  よって、当会は、政府に対し、あらためて2020(令和2)年10月の学術会議会員候補者6名の任命拒否には憲法上重

 大な問題が存することを改めて指摘するとともに、学術会議の独立性・自律性を損なうおそれが大きい本法案に強く反対す

 る

                           2025(令和7)年5月20日

                               沖縄弁護士会

                                 会 長 古 堅   豊

 

 

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