決議・声明

 法の支配の貫徹のために国際刑事裁判所に対する不当な圧力に反対し、国際刑事裁判所を積極的に支援することを求める会長声明

 

1 国際刑事裁判所(以下「ICC」という。)は、国際社会の関心事である最も重大な犯罪、すなわち集団殺害犯罪(ジェノサイド)、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略犯罪を行った個人を国際法に基づいて訴追・処罰する世界初の常設国際刑事法廷であり、1998(平成10)年7月17日に採択された国際刑事裁判所に関するローマ規程(以下「ローマ規程」という。)に基づき、オランダ・ハーグに設立された。加盟国は現在125の国・地域に及ぶ。日本は2007(平成19)年10月にICCに加盟して以来、ICCの活動を一貫して支持し、継続してICCに裁判官を輩出するなど様々な協力を行っており、現在のICC所長は日本出身の赤根智子氏(以下「赤根所長」という。)である。財政面ではICCへの最大の分担金拠出国であり、2024(令和6)年現在、分担金全体の約15パーセントを負担している。

2 2024(令和6)年11月21日、ICCは、パレスチナ自治区ガザにおける戦争犯罪と人道に対する罪に問われたイスラエルのネタニヤフ首相らに対して逮捕状を発行した。

 これに対し、米下院は、対抗措置として、2025(令和7)年1月9日、ICCに対する個人・法人等からのあらゆる送金の停止、米国及び同盟国の国民を不当に調査、逮捕、起訴に直接的に関与したICC関係者に対してその資産凍結や米国への入国禁止・ビザの発給停止などの制裁を課す法案を可決した。

 同法案はその後米上院において否決されたものの、同年2月6日、トランプ米大統領が、ICC関係者の資産凍結、米国への入国禁止、ICC関係者との資金授受の禁止等を内容とする大統領令に署名した。

3 米国によるICC関係者に対するこのような制裁は、国際法に基づいて設立された司法機関の独立性に対する不当な干渉であり、ICCそのものの存続を脅かす重大な行為である。加えて、ジェノサイド等の最も深刻な国際犯罪の処罰や被害者の保護を困難にし、国際社会の平和と安全の維持を著しく後退させるおそれがある。

赤根所長は、翌7日に声明を発表し、「米大統領令はICCの独立性と公平性を損なうもので、深い遺憾の意を表明する。裁判所の機能を政治化しようとするいかなる試みも断固として拒否する」と述べ、米国の措置を非難した。

 また、ICCに加盟する125の国・地域のうち、イギリスやフランス、ドイツ、オランダ、カナダ等を含む79の国・地域も、同日、「深刻な犯罪が免責となる危険性を高めるものだ」と米大統領令を批判する共同声明を発表し、米国のICC関係者に対する制裁によって現在進行中の捜査が阻害されるだけでなく、ICC職員や事件関係者の安全が脅かされると訴えた。

 ところが、赤根所長の出身国である日本は、この共同声明に加わっていない。

4 令和7年版外交青書は、「国際社会においては、法の支配の下、力による支配を許さず、全ての国が国際法を誠実に遵守しなければならず、力又は威圧による一方的な現状変更の試みは決して認められてはならない。日本は、法の支配の強化を外交政策の柱の一つとして推進し、様々な分野におけるルール作りとその適切な実施に尽力している。」としたうえで、日本は、「紛争の平和的解決や法秩序の維持を促進するため、国際司法機関の機能強化に人材面・財政面からも積極的に協力しているほか、法制度整備支援や国際法関連の行事の開催など法の支配に関する国際協力にも積極的に取り組んでいる。」としている。

 日本が、米大統領令を批判する共同声明に加わっていないことは、このような国際社会における法の支配を最も重視してきた日本の基本的姿勢にそぐわない。日本政府は、赤根所長の声明や79もの国・地域による共同声明と歩調を合わせ、ICCが不当な圧力にさらされることなく、その独立性を維持して正義を実現できるよう、積極的に行動していくべきである。

 司法機関の独立性と公平性の維持は、国際社会における法の支配の貫徹のために不可欠であるだけでなく、日本国憲法における司法権の独立とも軌を一にする。日本国憲法は、その前文で国際協調主義を宣明しており、98条2項において、我が国が締結した条約の誠実な遵守を義務づけている。したがって、ICCの裁判官がその独立性及び公正性を維持し(ローマ規程第40条)、いかなる不当な干渉も受けることなく職責を果たし得るよう国際社会に対して積極的に働きかけることは、条約であるローマ規程の締約国である日本の責務であり、日本国憲法が掲げる国際協調主義の理念に適うものである。

5 当会は、日本政府に対し、国際社会における法の支配を貫徹するために、ICCの独立性と公正な司法活動を阻害する活動や制裁に対して明確に反対する立場を表明するとともに、ICCの機能強化のための人的・物的支援を拡充する等、ICCを積極的に支援することを求める。

                        2025(令和7)年4月28日

                             沖縄弁護士会

                                会長 古 堅  豊

 

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