選択的夫婦別姓制度の導入を求める決議
2024年(令和6年)12月18日
沖縄弁護士会
決議の趣旨
当会は、国に対して、民法第750条を改正し、婚姻の際に改姓するかどうかを選択できる選択的夫婦別姓制度を速やかに導入するよう求める。
決議の理由
第1 はじめに
民法第750条は、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と定めて、夫婦同姓を義務付けている。そのため、日本で法律婚をするためには、現行法上夫婦のいずれかが、それまで使っていた姓を改めなければならない。毎年、新たに婚姻する約50万組の夫婦の一方が、婚姻に際しそれまで使ってきた姓を改めている。その中には、希望しないのに様々な事情からやむを得ず改姓を受け入れる人、改姓により仕事などの社会生活に不便を来している人がいる。また、婚姻を望んではいても、いずれかが改姓しなければならないことが制約となり法律上の婚姻を断念する人もいる。
当会は、2010(平成22)年3月15日に「民法(家族法)改正の早期実現を求める会長声明」により、夫婦同姓強制の現制度が憲法に違反することを指摘し、選択的夫婦別姓制度の早期導入を求める会長声明を発出し、2013(平成25)年10月18日及び2015(平成27)年12月24日にも選択的夫婦別姓制度の導入を求める内容を含む会長声明を発出しており、国に対し、選択的夫婦別姓制度の導入を求めてきた。また、2021(令和3)年3月17日に決議された「沖縄弁護士会男女共同参画基本計画」においても、選択的夫婦別姓制度の実現を目指す活動の継続を表明している。日本弁護士連合会も、1993年以降、国に対し、選択的夫婦別姓制度の導入を繰り返し求めており、本年6月14日にも、「誰もが改姓するかどうかを自ら決定して婚姻できるよう、選択的夫婦別姓制度の導入を求める決議」を発出した。
全国の地方自治体では、多くの地方議会において選択的夫婦別姓制度の導入を求める意見書が採択されている。沖縄県内においても、令和元年10月にうるま市、令和4年3月に宮古島市及び読谷村、同年6月に那覇市及び名護市、同年12月に与那原町及び豊見城市、令和5年3月に糸満市の各地方議会において、それぞれ、選択的夫婦別姓制度の導入を求める意見書が採択された。
しかし、今日に至るまで民法第750条は改正されておらず、選択的夫婦別姓制度は導入されていない。
このたび、当会は、国に対し、改めて民法第750条が憲法に違反することを指摘した上で、日本において真に男女が平等な社会を実現するため、民法第750条を改正し、婚姻の際に夫婦同姓・別姓のいずれも選択できる選択的夫婦別姓制度を一刻も早く導入するよう求める。
第2 民法第750条は憲法に違反すること
1 憲法第13条に違反すること
婚姻は、人生を共にする配偶者を選択し共に「幸福を追求」しようとするものであり、個人が自律的に生存するために最
も重要で本質的な権利の一つであって、「婚姻の自由」すなわち婚姻するかしないか等を決定する自由は憲法第13条によ
り自己決定権として保障される。しかし、民法第750条が定める夫婦同姓制度下においては、一方当事者が改姓しない限
り法律婚をすることができず、婚姻しようとする人は、婚姻するために夫婦のいずれか一方が姓を変更するか、双方が姓を
維持するために婚姻を諦めるかの二者択一を迫られる。したがって、民法第750条は婚姻の自由を直接的に制約するもの
であり、憲法第13条に違反する。
また、氏名は、個人の尊重、個人の尊厳の基礎をなす個人の人格の象徴であって、アイデンティティの一内容を構成する
ものであるから、その重要性に鑑みれば、「氏名の変更を強制されない自由」は、人格権の重要な一内容として憲法第13
条により保障されるものである。民法第750条は、婚姻によって夫婦同姓となることを義務付け、夫婦いずれかに改姓を
迫るものであるため、氏名の変更を強制されない自由を不当に制限するものであって、この点においても憲法第13条に違
反する。
2 憲法第24条に違反すること
憲法第24条第1項は、「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相
互の協力により、維持されなければならない」と定めている。しかし、民法第750条は「夫婦は、婚姻の際に定めるとこ
ろに従い、夫又は妻の氏を称する」としているため、婚姻後もそれぞれが姓を維持したいと考える夫婦にとっては、自身が
姓を変更する側か否かにかかわらず、婚姻によって自分または婚姻相手のアイデンティティの一部が否定されることになり
、かつ婚姻が維持される限りそれぞれの氏名にまつわる人格的利益を同時に共有することができないため、民法第750条
が婚姻の自由の直接の制約となっている。本来であれば、婚姻は、両当事者の自由で平等な合意、意思決定によってのみ成
立すべきものであるにもかかわらず、夫婦同姓制度のもとでは、両当事者がいずれも姓の変更を望まない場合、婚姻を諦め
ざるを得ないとの事態も生じさせる。よって、民法第750条は憲法第24条第1項に違反する。
また、民法第750条は、婚姻の際、夫婦どちらの姓を名乗っても良いとの建付けではあるものの、実際には、女性側が
姓を変更する夫婦の割合が約95%にも上っており(2021年厚生労働省人口動態調査)、このことは、婚姻に伴い姓の
維持を諦めた女性が存することの現れであり、事実上、女性が改姓を強制されている結果と考えられる。姓を変更すること
によって生じるアイデンティティの喪失や職業生活上の不便・不利益は女性側に偏っており、結果的に、性別による不平等
が生じている。夫婦同姓を義務付ける民法第750条は、多くの女性から実質的に姓の選択の機会を奪うものであるから、
個人の尊厳と両性の本質的平等を定めた憲法第24条第2項に違反する。
3 憲法第14条に違反すること
婚姻に際して配偶者と同姓の夫婦となるか別姓の夫婦となるかは、時に個人の生き方に関わる問題であり、憲法第14条
第1項後段の「信条」の問題となる。現行法の下では、夫婦婚姻後も各自がそれまでの姓を維持することを希望するカップ
ルは、その生き方や信条に反し夫婦同姓を選択しない限り法律上の婚姻ができず、法律婚によって発生する法的効果も享受
できない。このように、同姓を選択する夫婦と別姓を選択する夫婦とで、婚姻による法的効果の有無に関して差別的取り扱
いをすることは、合理的根拠に基づくものとはいえず、夫婦同姓を義務付ける民法第750条は法の下の平等を定めた憲法
第14条に違反する。
4 司法判断について
最高裁判所は、2015年12月16日の最高裁判決(以下「2015年最高裁判決」という。)と2021年6月23
日の最高裁決定(以下「2021年最高裁決定」という。)において、民法第750条を合憲とする判断を示している。2
015年最高裁判決の多数意見は、民法第750条が合憲であるとする理由の一つとして、「夫婦がいずれの氏を称するか
は、夫婦となろうとする者の間の協議による自由な選択に委ねられている」ことを挙げ、2021年最高裁決定もこれを是
認した。
しかし、氏名が有する個人識別機能や人格の象徴としての意義の重要性は一層増している中で、婚姻により改姓を事実上
強制され、アイデンティティの喪失に直面したり、改姓に伴う様々な不利益を受けたりしている人が存する現実は決して看
過できない。また、社会においては多様性(ダイバーシティ)の尊重や女性活躍推進に向けた取組の重要性が語られている
一方で、新たに婚姻する夫婦の約95%において女性が改姓している実態からは、それが夫婦の自由で対等な話し合いによ
る合意に基づく結果であるとは評価し難く、家父長的な家族観や結婚観、固定的な性別役割分担意識等がいまだに無言の圧
力として働き、民法第750条が事実上女性に改姓を強制する結果をもたらしていることは否定できない。
2021年最高裁決定は、「法制度の合理性に関わる国民の意識の変化や社会の変化等の状況は,本来,立法機関である
国会において不断に目を配り,これに対応すべき事柄であり,選択的夫婦別氏制の導入に関する最近の議論の高まりについ
ても,まずはこれを国会において受け止めるべき」として、国会での議論を促したものである。最高裁判所として民法第7
50条の合憲性を揺るぎないものとし、選択的夫婦別姓制度の導入を否定したものではない。今こそ、直ちに国会での議論
を開始すべきである。
第3 民法第750条は女性差別撤廃条約にも反すること
女性差別撤廃条約は、第16条第1項において、婚姻及び家族関係における全ての差別を撤廃するための必要な措置を採る
ことを締約国に義務付け、特に男女平等のために確保すべき権利として、「婚姻をする同一の権利」(同項(a))、「自由に配
偶者を選択し及び自由かつ完全な合意のみにより婚姻をする同一の権利」(同項(b))のほか、「夫及び妻の同一の個人的権利
(姓及び職業を選択する権利を含む。)」(同項(g))を明記している。民法第750条の下では夫婦双方が婚姻前の姓を維持
することができないため、同条は女性差別撤廃条約に反することが明白である。
国連女性差別撤廃委員会は、2003年7月、2009年8月及び2016年3月、夫婦同姓を義務付ける現行制度が女性
に対する差別的法規であるとし、日本政府に対して是正勧告を重ねてきたが、本年10月29日、4度目となる是正勧告を出
した。
このように、国連女性差別撤廃委員会からの是正勧告がくり返されていることからも、民法第750条は早期に改正される
べきである。
第4 世論や社会状況等も選択的夫婦別姓制度の導入を求めていること
1999年に施行された男女共同参画社会基本法では、男女共同参画社会を実現するための基本理念を定めており、201
5年には、男女共同参画社会基本法の理念に基づき、女性の活躍推進に向けた取り組みを定める女性の職業生活における活躍
の推進に関する法律も制定された。これら法の後押しもあり、官民の職場では、業務上の混乱等を避けるため通称(婚姻によ
って変更する前の姓)の使用を定着させてきた。しかし、税や社会保障等の公的な手続きや金融取引などでは、戸籍上の姓で
の手続が必要となるものも多く、その場合、戸籍上の姓と通称との照合に手間がかかったり、改姓によって届出書類の変更が
必要になったりするなど、不便又は不都合な例は依然として数多く残されている。また、国際的に見ても、婚姻による夫婦同
姓を義務付ける国は日本のほかに見当たらず、海外では通称が一般的ではないことから、国際的な活動におけるキャリア形成
等において支障があり、通称使用そのものがむしろダブルネームとして不正を疑われる等といった不都合な例も蓄積されてい
る。
このように、日本においては通称使用が定着してきたとはいえ、結局は戸籍上の氏名と異なることによって生じる不都合は
払拭されていない。むしろ、女性の社会進出が進むにつれて当該不都合がより深刻化・顕在化しているのが実態であり、婚姻
による改姓が、男女共同参画社会を実現するにあたり大きな障害になっている。そして何より、通称使用によって不都合や不
利益を減らしても、夫婦別姓を希望してもかなわない人や婚姻により姓の変更を強制される多数の人が現に被っている人権の
侵害は解消されるわけでもない。
社会では、選択的夫婦別姓を容認する声が日に日に強くなり、本年5月1日に報道されたNHK世論調査でも、選択的夫婦
別姓に62%が賛成しており、本年7月26~28日に実施した日本経済新聞社とテレビ東京の世論調査でも69%が選択的
夫婦別姓に賛成している。国立社会保障・人口問題研究所「社会保障・人口問題基本調査第7回全国家庭動向調査」では、夫
婦の姓についての「夫、妻とも同姓である必要はなく、別姓であってもよい」への賛成割合は増加傾向が続いており、200
8年調査と2013年調査では40%台であったが、2018年調査では50.5%と賛成が半数を超え、2022年調査で
は賛成が61.0%となっている。また、2022年調査では、全体の賛成割合は上記のとおり61%であったが、単身女性
(未婚)では85.3%、離別女性では78.5%、有配偶女性では71.4%、単身男性(未婚)では61.0%が賛成で
あった。
また、近時は、複数の経済団体等からも、現行制度は個人の活躍を阻害し様々な不利益をもたらすとして、選択的夫婦別姓
制度の導入の要望が出されている。日本経済団体連合会(経団連)会長は、2024年2月13日の記者会見において、日本
政府に対し、選択的夫婦別姓の導入を早期に実現するよう提言をした。
第5 結論
「婚姻の自由」や「氏名の変更を強制されない自由」は全ての個人が享有すべきであるところ、以上のとおり、民法第75
0条が婚姻に際し夫婦の一方に改姓を義務付けていることにより、結果として多くの女性が改姓を事実上強制され、様々な場
面で改姓による不利益を被っている。この現実は人権問題にほかならず、速やかに是正し、選択的夫婦別姓制度を導入すべき
である。
また、選択的夫婦別姓制度の導入は、同時に、婚姻を望む人の選択肢を増やすことであり、多様性が尊重される社会、男女
共同参画社会の実現につながり、私たちの社会に活力をもたらすものでもある。
立法機関である国会は、1996年に法制審議会が選択的夫婦別姓制度の導入を含む民法改正を答申しているにもかかわら
ず、法改正をしないまま28年に渡り放置し続けている。
上記のとおり、世論調査等を踏まえても、近年、選択的夫婦別姓を容認する考えは広まりを見せており、2021年最高裁
決定で指摘された「法制度の合理性に関わる国民の意識の変化や社会の変化等の状況は、本来、立法機関である国会において
不断に目を配り、これに対応すべき事柄である」との状況は整っている。
国は、民法第750条が憲法に違反していることを真摯に受け止め、これが男女共同参画社会及び女性活躍推進の実現を阻
んでいることを自覚した上で、真に男女平等な社会を実現するため、民法第750条を改正し、婚姻の際に改姓するかどうか
を選択できる選択的夫婦別姓制度を速やかに導入すべきである。
以上