決議・声明

国の地方公共団体に対する指示権を強化する地方自治法改正に反対する会長声明

 

1 現在開会中の第213回国会において、地方自治法の一部を改正する法案(以下、「改正案」という。)が審議されてい

 る。
  改正案では、新たに第14章として「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態における国と普通地方公共団体との関係等の

 特例」を創設し、大規模な災害、感染症のまん延といった「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」が発生し、又は発生す

 るおそれがある場合に、国が地方公共団体に対し、その事務処理について、国民の生命、身体若しくは財産の保護のための

 措置の的確かつ迅速な実施を確保するため講ずべき措置に関し必要な指示を行うことができること(改正案252条の26

 の5)などを規定している。

  しかし、かかる国の地方公共団体に対する指示権についての改正案は、2000年に施行された地方分権一括法により、

 国と地方公共団体の関係を「上下主従」から「対等協力」の関係へと位置づけた地方分権を大きく後退させるものであり、

 憲法に定める地方自治の本旨を没却するおそれがある。


2 現行地方自治法は、自治事務について、国の指示権を認めておらず(245条の5第1項等)、「国民の生命、身体又は

 財産の保護のため緊急に自治事務の的確な処理を確保する必要がある場合等特に必要と認められる場合」という限定した場

 面について、個別法に規定を設けた上で指示を行うことを許容しているにすぎない(245条の3第6項)。法定受託事務

 については、「是正の指示」を認めているが、それも「その所管する法律又はこれに基づく政令に係る都道府県の法定受託

 事務の処理が法令の規定に違反していると認めるとき、又は著しく適正を欠き、かつ、明らかに公益を害していると認める

 とき」にのみできるものとしている(245条の7第1項)。

  これに対し、改正案は、自治事務について、一般法たる地方自治法を改正して、個別法の根拠規定なしに、国の指示権を

 一般的に認め、また、現行法第245条の3第6項で規定されている「緊急に」との用語を使用せず、指示権を認める要件

 を緩和している。また、法定受託事務については、現行法第245条7第1項が限定している上記「違法等」以外の場合に

 も、より広く国の指示権を認めている。さらには、いずれの事務についても「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」が実

 際に発生した場合のみならず、「発生するおそれがある場合」にも指示権を行使しうるとしており、国が指示権を行使でき

 る場面を大幅に拡大している。

  自治事務、法定受託事務のいずれについても、国の関与は必要最小限のものとし、地方公共団体の自主性・自立性に配慮

 しなければならないところ、「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」や「発生するおそれがある場合」という改正案の文

 言は極めて漠然としており、改正案は、恣意的な運用がなされ、濫用される危険がある。特に地方公共団体の自主性が尊重

 されるべき自治事務については、国の不当な介入を誘発するおそれが高いものといえる。


3 そもそも、政府が改正案で国の指示権を強化した理由は、「ポストコロナの経済社会に対応する地方制度のあり方に関す

 る答申」第4の3「役割分担の課題と対応」として「国の補充的な指示」に記載されているが、それによれば、「大規模な

 災害、感染症のまん延等の国民の安全に重大な影響を及ぼす事態においては、国と地方公共団体が法令に基づき適切に役割

 分担して対応することが求められる。」としたうえで、「個別法の規定では想定されていない事態が生じた場合」に、「地

 方公共団体の事務処理が違法等でなくても、地方公共団体において国民の生命、身体又は財産の保護のために必要な措置が

 的確かつ迅速に実施されることを確保するために、国が地方公共団体に対し、地方自治法の規定を直接の根拠として、必要

 な指示を行うことができるようにすべきである。」というものである。しかし、どのような自然災害なのか、どういった感

 染症なのか、どういった地域でどのような事態が生じるのか、その点だけを考えても多種多様な事態がありうるのであり、

 答申は、それらを全く考慮することなく、国と地方公共団体の法令に基づく適切な役割分担として一律に一般的に広汎な指

 示権を国に認めるべきとしており、事実に基づいた分析検証が十分になされているとは言えない。


4 沖縄県においては、沖縄県知事の事務である辺野古新基地建設のための公有水面埋立承認処分に関し、知事の処分を覆す

 ために地方自治法に基づく法令所管大臣による関与が繰り返され、基地建設が進行している。公有水面埋立承認にかかる事

 務は法定受託事務ではあっても地方公共団体の事務であり、その自治が十分尊重されなければならないところ、これまでの

 国の関与には住民自治、団体自治の観点から重大な懸念があり、地方自治が十分に保障されてきたとはいいがたい。

  今回の改正案は、法定受託事務について国が指示権を行使しうる範囲を広げるとともに、より一層地方公共団体の自治が

 尊重されなければならない自治事務についても、国の一般的な指示権を認めるものである。辺野古新基地建設問題にみられ

 る国の沖縄県における地方自治への向き合い方からすれば、先に指摘したような恣意的な運用や濫用のおそれ、自治事務へ

 の不当で恣意的な介入のおそれは、現実的なものといわねばならない。


5 以上の次第であって、地方自治の本旨を損ないかねない改正案がそのまま成立し施行されるべきではなく、当会は、改正

 案における指示権の規定を削除することを求めるものである。
 
                             2024年(令和6年)5月1日

                               沖縄弁護士会

                                 会長 野 崎 聖 子

 

ファイルのダウンロードはコチラ
PDF

 

前のページへ戻る