「敵基地攻撃能力」の保有に反対する会長声明
1 はじめに
政府は、2022(令和4)年12月16日、新たな「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」及び「防衛力整備計画」
(いわゆる「安保3文書」)を閣議決定し(以下「本件閣議決定」という)、「我が国に対する武力攻撃が発生し、その手
段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力の行使の三要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得な
い必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オ
フ防衛能力等を活用した自衛隊の能力」としての「反撃能力」、すなわち「敵基地攻撃能力」を保有することを決定した。
そして、安保3文書の中で最上位の文書とされる「国家安全保障戦略」では、「既存のミサイル防衛網だけで完全に対応
することは難しくなりつつある。このため、相手からミサイルによる攻撃がなされた場合、ミサイル防衛網により、飛来す
るミサイルを防ぎつつ、相手からの更なる武力攻撃を防ぐために、我が国から有効な反撃を相手に加える能力、すなわち反
撃能力を保有する必要がある。」として、敵基地攻撃能力の保有の必要性を明記した。
しかしながら、2015(平成27)年に成立したいわゆる安全保障関連法(以下「安保法制」という)の下でなされた
本件閣議決定は、日本国憲法9条及びその原理である恒久平和主義、さらには立憲主義及び国民主権の理念に反するもので
ある。
2 敵基地攻撃能力に関する従前の政府解釈について
(1) 従前の政府解釈では、自衛権の発動について、①他国からの武力攻撃が発生した場合で、②他に適当な手段がないとき
に、③これを日本の領域外に排除するための必要最小限度の実力行使に限られるとし(自衛権発動の三要件)、敵基地攻
撃能力の保有については、「法理上は可能である」としながらも、実際に敵基地攻撃を目的とした装備を保有・使用する
ことはそもそも想定しておらず、相手国に直接脅威を与えるような攻撃的兵器の保有は憲法上許されないという解釈が繰
り返し確認されてきた。
(2) このことは、1972(昭和47)年10月31日の田中角栄首相答弁において、「専守防衛とは」「相手の基地を攻
撃することなく、もっぱらわが国土及びその周辺において防衛を行うということ」であり、「これはわが国防衛の基本的
な方針だ」とされていたところであり、また、今般の安保3文書における国家安全保障戦略においても、「平和国家とし
て、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず非核三原則を堅持するとの基本方針は今後も変わら
ない」と明記されている。
攻撃型兵器の保有についても、1988(昭和63)年4月6日の瓦力防衛庁長官答弁において、「政府が従来から申
し上げているとおり、憲法9条2項でわが国が保持することが禁じられている戦力とは、自衛のための必要最小限度の実
力を超えるものを指すと解されるところであり・・・性能上専ら相手国の国土の潰滅的破壊のためにのみ用いられる、い
わゆる攻撃的兵器を保有することは、これにより直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることになるから、いか
なる場合にも許されず、したがって、例えばICBM、・・・、攻撃型空母を自衛隊が保有することは許されず、このこ
とは累次申し上げてきているとおりであります」と明確に否定されてきた。
(3) 1956(昭和31)年2月の鳩山一郎首相答弁は、敵基地攻撃能力について「わが国に対して急迫不正の侵害が行わ
れた場合に、他に手段がないと認められる限り、誘導弾などによって敵基地をたたくことが違憲とまではいえず、法理的
には可能」としながらも、自衛権発動の三要件をクリアする必要があることを前提に、例えば敵の攻撃拠点への空爆まで
はできない、などと一定の留保を付していた。
同様に、1959(昭和34)年3月19日の伊能繁次郎防衛庁長官答弁も、敵基地攻撃能力の保有について「法理上
は可能である」としながらも、平時より「他国を攻撃するような、攻撃的な脅威を与えるような兵器を持つことは、憲法
の趣旨とするところではない」として、一定の歯止めをかけようとしていた。
(4) その後も同旨の政府見解は繰り返されており、1999(平成11)年8月3日の野呂田芳成防衛庁長官答弁は、敵基
地攻撃能力を保有できるのは「国連の援助もなく、日米安保条約もない」というような場合の架空の話だ、としていた。
すなわち、日米安保条約が存する限り、自衛隊が敵基地攻撃能力を保有することはあり得ないというのが従前の政府解
釈であった。
3 敵基地攻撃能力の保有が憲法9条及び恒久平和主義に反すること
(1) このように、敵基地攻撃能力の保有について、これまでの政府解釈においては、相手国の領域に直接脅威を与えるよう
な攻撃的兵器の保有は憲法上許されないことが、繰り返し確認されてきた。
そして、自衛隊は、このような攻撃的兵器を保有せず、「必要最小限度の実力」として専守防衛に徹するものとして、
憲法9条2項の「戦力」には該当しないと解釈されてきた。
ところが、本件閣議決定は、敵基地攻撃能力保有の目的として、他国に対する軍事的優位性を強調することによる抑止
的効果の重要性を示したうえで、反撃能力として在来型誘導弾の射程を長距離化した兵器、高速滑空弾、極超音速誘導弾
等の保有を宣言した。
このような相手国の領域に直接的な脅威を与える攻撃的兵器を反撃能力として保有することは、「必要最小限度の実力」
を超える「戦力」を保持するものとして、憲法9条2項に違反すると言わざるを得ない。
この点、阪田雅裕・元内閣法制局長官も、敵基地攻撃能力の保有は専守防衛の原則を捨てて自衛隊を「盾」から「矛」
に転化させるものだ、と批判している。
(2) また、現在の安保法制下では、武力の行使の要件として日本への武力攻撃がなくとも、他国に対する武力攻撃の結果、
日本に「存立危機事態」が発生したと政府が認定すれば、集団的自衛権が行使可能とされている。そうであれば、他国が
攻撃されたときに、日本が攻撃されていないにもかかわらず、敵基地攻撃が可能となってしまう。
現在の安保法制下における敵基地攻撃能力の保有は、個別的自衛権行使における専守防衛原則の放棄を意味するのみな
らず、集団的自衛権行使の名のもとで他国攻撃を可能にするという二重の意味で、憲法9条に反するものである。
(3) さらに、「我が国に対する武力攻撃が発生」した場合に反撃を加えるとする敵基地攻撃能力において、「武力攻撃が発
生した場合」の認定は極めて困難である。政府は、「相手国が日本への攻撃に着手」すれば反撃が可能とするが、着手と
判断するための基準を何ら示していない。
敵基地攻撃は、従来のミサイル防衛のように発射されたミサイルを迎撃するのではなく、その発射元などを攻撃するも
のであり、どの段階で実際に日本に向けた攻撃に着手されたと確認できるのか疑問であるところ、その判断を誤れば、憲
法上はもちろん国際法上も許されない先制攻撃(国連憲章51条)になりかねない。
(4) 「国家安全保障戦略」は、「有効な反撃を加える能力を持つことにより、武力攻撃そのものを抑止する。その上で、万
一、相手からミサイルが発射される際にも、…反撃能力により相手からの更なる武力攻撃を防ぎ、国民の命と平和な暮ら
しを守っていく」とし、敵基地攻撃能力の保有こそが平和の実現に繋がるとうたっている。
しかしながら、武力攻撃の抑止のために相手国領域を直接攻撃する反撃能力を保有すれば、これを脅威に感じた相手国
は同様に軍事力を強化し、終わりのない軍拡競争を招き、国家間の緊張はより高まる。そして、ひとたび相手国が日本へ
の武力攻撃に着手し、その反撃として日本が敵基地への攻撃に及べば、相手国の更なる反撃を招いて武力衝突が拡大し、
全面戦争の悪夢へと突き進むことになりかねない。
敵基地攻撃能力の保有は、我が国に平和をもたらすどころか、逆に国家間の緊張を高め、破局的な結末へと導く危険を
はらんでいるのであって、憲法の恒久平和主義の理念に反すると言わなければならない。
4 敵基地攻撃能力保有の手続上の問題点
専守防衛の原則は、憲法9条の解釈として導かれる基本原則であり、その必然的帰結として、敵基地攻撃能力や攻撃的兵
器の保有が禁止されるのであって、これは憲法原則であり、単なる政策判断などではない。
本件閣議決定は、敵基地攻撃能力の保有を「法理的に可能」としながらも日米安保条約が存する現状では保有し得ないと
して一定の歯止めをかけようとしてきた従前の政府見解を大きく変更するものであり、国会及び国民の間で広く議論が尽く
されるべき重大な憲法問題であるにもかかわらず、国会閉会後のタイミングで閣議決定という行政手続のみによって決定さ
れた。
本件閣議決定は、かかる手続面においても憲法96条1項が保障する国民の憲法改正権及び国会の発議権、ひいては立憲
主義及び国民主権をないがしろにするものである。
5 沖縄との関係
現在、沖縄県を含む南西諸島では、与那国、奄美、宮古、石垣各島に続々とミサイル部隊が配備されつつあり、沖縄本島
でも、米軍嘉手納基地に隣接する嘉手納弾薬庫が自衛隊との共同使用とされ、自衛隊勝連分屯地へのミサイル配備計画も明
らかになっている。
日米安保条約が現に存続しており、沖縄の基地負担はほとんど解消されていないにも関わらず、敵基地攻撃能力の保有に
よって、有事の際、沖縄は真っ先に攻撃対象となるリスクまで背負うことになるのである。
6 結語
当会は、市民が武力衝突に巻き込まれる事態を防止するため、敵基地攻撃能力の保有に反対すると共に、国に対し、憲法
が掲げる恒久平和主義および国際協調主義の原則に基づき、国際平和の維持のために最大限の外交努力を尽くすことを求め
るものである。
2024(令和6)年3月14日
沖縄弁護士会
会 長 金 城 智 誉