再審法の改正を求める決議
2023年(令和5年)12月7日
沖縄弁護士会
決議の趣旨
当会は、国に対し、誤判による被害者(誤判により有罪の言渡しを受けた者) の迅速な救済のため、以下の事項を盛り込んだ再審法(刑事訴訟法第4編)の改正を速やかに行うよう求める。
1 再審請求手続における証拠開示の制度化
2 再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止
決議の理由
第1 はじめに
再審とは、確定有罪判決に事実誤認又はその疑いがある場合に、事実認定の不当を是正するとともに、有罪の言渡しを受けた者を救済するための非常救済手続である。
誤判により人を処罰することは、国家による最大の人権侵害である。しかしながら、裁判は人が為すものである以上、誤判も不可避的に発生する。再審制度は、このように不可避的に発生する誤判による被害者を救済する最後の砦として位置付けられている。
しかし、我が国の再審制度が被害者救済のための制度として十分な機能を果たしていないことは、以前から指摘されている。
四大死刑冤罪事件と言われる財田川事件、免田事件、松山事件及び島田事件についてみると、いずれも数次の再審請求を経て、ようやく再審開始決定が出されたところで検察官の不服申立てがなされ、再審が開始されるまでに更に長い時間を要している。これらの各事件の一審死刑判決から再審公判の無罪判決まで、実に27年から33年もの歳月を要している。誤判により死刑という究極の刑を科された冤罪の被害者が救済されるまでにこれほどの歳月を要していることの一事をもって、我が国の再審制度は十分機能していないと評価できる。
ところが、1980年代にこれらの死刑冤罪事件の存在が明らかになりながら、その後も再審法は改正されることなく現在に至っている。そして、本年10月27日、5番目の死刑冤罪事件といわれる袴田事件の再審公判が始まった。一審の死刑判決は1968年である。袴田さんは、それから50年以上経過した今も雪冤を果たすことができていない。今こそ、再審法改正を実現しなければならない。
第2 現行再審制度
再審は、刑事訴訟法(第4編)435条~453条(わずか19条)に規定されている。不利益再審が廃止された以外は、明治憲法下の旧刑事訴訟法の内容が継承されている。
再審請求手続における審理の在り方については、事実の取調べができるという445条があるだけで、審理の進め方はもっぱら裁判所の裁量に委ねられている。それゆえ、実際の再審請求事件手続の運用は、各裁判所によってまちまちである。担当の裁判所が、誤判の被害者救済を重視するのか、法的安定性(確定判決の維持)を重視するのかによって、事件に対する向き合い方はまったく異なってくる。例えば証拠開示についてみると、まさに袴田事件がそうであるように、数次の再審請求を経て裁判官が変わった後に証拠開示が実現する、ということは決して珍しいことではない。
このように、規定が存在しないため、裁判所の広範な裁量を許す現在の再審制度の下では、担当裁判所間で、再審請求事件の扱いが顕著に異なってくるのは当然である。再審請求が認められるかどうかは、担当裁判所次第であるといっても過言ではない。「再審格差」と呼ばれるような裁判所間の格差が歴然と生じている。
このような「再審格差」が正当化される余地はない。再審請求手続における再審請求人の手続保障を図るとともに、裁判所の公正な判断を担保するためには、後述する証拠開示の制度化に加え、進行協議期日設定の義務化、事実取調べ請求権の保障、請求人の手続立会権・意見陳述権等の保障、裁判官の除斥・忌避制度の導入、国選弁護制度の導入等をはじめとする再審請求手続における手続規定を整備することが必要である。
第3 再審法の改正
1 証拠開示の制度化
刑事訴訟手続における証拠開示(検察官請求証拠以外の開示)の重要性は論を俟たない。ところが、戦後制定された刑事訴訟法には、通常審を含め証拠開示制度が明文で規定されておらず、証拠開示制度の導入は長年の懸案事項であった。
通常審においてようやく証拠開示制度が導入されたのが、2004年の刑事訴訟法改正である。公判前整理手続及び期日間整理手続に付された事件について、類型証拠開示・主張関連証拠開示の制度が新設された。更に、2016年の刑事訴訟法改正において証拠の一覧表の交付制度が新設されるなど、証拠開示制度が拡充された。このように、いまだ十分とは言えないものの、通常審における証拠開示制度は着実に前進してきた。
ところが、再審請求手続における証拠開示制度については手付かずの状態である。2016年の改正刑事訴訟法附則9条3項において、「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠の開示…等について検討を行うものとする。」と規定されているが、検討の緒にすら就いていない。
証拠開示は、再審請求手続においても、通常審に劣らず極めて重要である。むしろ、これまでの再審請求事件において、証拠開示によって得られた証拠が決定的な役割を果たし、再審開始決定に結び付いている例が数多くあり(布川事件、袴田事件、大崎事件等)、再審請求手続においてこそ証拠開示が重要であるともいえる。
例えば、袴田事件について見てみよう。
第1次再審請求では証拠開示がなされることはなかった。第2次再審請求では、裁判所の勧告があり、約600点の証拠開示(開示された証拠には、検察官がそれまでの不存在と回答していた5点の衣類のカラー写真ネガフィルムも含まれる。)がなされ、開示された証拠中に冤罪を示す証拠が複数存在し、これが第2次再審請求における再審開始決定へとつながることとなった。
現行法の下では、再審請求手続において弁護人の証拠開示請求に応じた証拠開示がなされるか否かは、担当裁判所の裁量に基づく個別の訴訟指揮及び検察官の対応に委ねられている。誤判・冤罪の被害者が救済される唯一の制度である再審請求手続において、たまたま巡り合わせた裁判官や検察官の姿勢によって結論が変わるなどということは、決して許されない。
このような不当な事態を解消し、再審請求手続において速やかに証拠開示が行われるようにするためには、証拠開示の手続を法律で定め、制度化するほかない。誤判による被害者の迅速な救済を実現するため、証拠開示制度を導入することは喫緊の課題である。
2 検察官の不服申立ての禁止
これまで多くの再審請求事件において、検察官が、再審開始決定に対し不服申立てを行い、再審開始までに長期間を要する事態がみられた。検察官の不服申立てが誤判による被害者救済を遅らせる大きな原因となっていることは明らかである。
現行法上、検察官は、再審開始決定に対し、二度の不服申立て(即時抗告又は異議の申立てと特別抗告)をすることができる。その上、再審公判では、再審開始決定に対する不服と同趣主張をして同じ争点を再度俎上に載せることができる上、再審の判決に対し、上訴(控訴、上告)することもできる。言うなれば、確定有罪判決を維持しようとする検察官に対し、六審制が保障されているようなものである。
再審開始決定に対し検察官の不服申立てを認めるかどうかは、再審の間口をどのように設定するかという問題である。通常審において検察官上訴が認められているから、当然に検察官の不服申立てが認められるべきであるということにはならない。再審請求手続固有の問題として検討すべき論点である。
現行法上、無実であるにも関わらず、誤判により有罪判決を受けた冤罪被害者が再審開始を認めてもらうためには、単に確定裁判に事実誤認があったこと(例えば、犯人であることに合理的な疑いがあること)を明らかにするだけでは足りない。再審請求手続において、無罪を言い渡すべき「明らかな証拠をあらたに発見したとき」(435条6号)に該当することを明らかにしなければならない。これが、通常審で無罪判決を得ることに比べ相当高いハードルであることは疑いようもない。
そういう制度の下で再審開始決定が出されるということは、裁判所が、当該事件について、このような厳格な再審開始要件を満たしていること、すなわち通常審において無罪判決が出される可能性が相当高いことを認めたということである。誤判・冤罪による被害者はできるだけ早期に救済されるべきであり、再審はそのための唯一の制度であるという再審制度の趣旨に照らすと、このような裁判所の再審開始の判断が一度でもなされれば、直ちに再審手続を開始することとするのが合理的である。
検察官は、裁判所の再審開始決定を踏まえてもなお被告人が有罪であると考えるのであれば、再審公判においてその旨主張・立証することが可能である。再審開始決定に対する不服申立てを禁止したとしても、何らの不都合は生じない。
誤判・冤罪による被害者の迅速な救済のため、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止する法改正がなされなければならない。
3 その他
上記2点以外にも、前記第2のとおり、進行協議期日設定の義務化、事実取調べ請求権の保障、請求人の手続立会権・意見陳述権等の保障、裁判官の除斥・忌避制度の導入、国選弁護制度の導入等をはじめとする再審請求手続における手続規定を整備することが必要である。
また、再審公判の手続の進め方についても、現行法上は明確に規定されておらず、解釈・運用に委ねられている部分があるので、この点についても法改正が必要である。
第4 結語
以上検討したとおり、現行の再審法の不備は明らかであり、特に迅速な救済の障害となっている次の2点に関する再審法改正は喫緊の課題である。そこで当会は、国に対し、誤判による被害者の迅速な救済のため、
1 再審請求手続における証拠開示の制度化
2 再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止
を盛り込んだ再審法(刑事訴訟法第4編)の改正を速やかに行うよう求める。