特定商取引法等における書面交付義務の電子化に係る政省令の在り方についての意見書
2022(令和4)年7月11日
沖縄弁護士会
会 長 田 島 啓 己
第1 意見の趣旨
特定商取引に関する法律及び特定商品等の預託等取引契約に関する法律(以下「特定
商取引法等」という。)における書面交付義務の電子化に係る政省令の在り方について、
当会は以下のとおり意見する。
1 真意に基づく「承諾」の取得方法について
書面交付義務の電子化が認められるために必要な「承諾」(改正特定商取引法4条2
項等)が消費者の真意に基づくものであることを確保するため、少なくとも以下の事項
を事業者の義務として政省令に定めるべきである。
そして、事業者が同義務に違反した場合には、真意に基づく承諾を得られていないも
のと扱うべきである。
⑴ 事業者に以下の事項の説明義務を課すこと
①書面交付が原則であること
②書面交付に代えて提供する電子データが契約内容やクーリング・オフ制度を記録
した重要なものであること
③消費者が添付ファイルを閲覧・保存したうえで確認メールを返信した日(又は事
業者が消費者の受領を確認した日)がクーリング・オフの起算日となること
⑵ 事業者に以下の事項の確認義務を課すこと
①消費者がスマートフォン・パソコン等の電子機器を操作して電子メールの受信・
送信ができること
②消費者が電子メールの添付ファイルを閲覧・保存できること
③消費者がwebサイトにアクセス・ログインして電子データを閲覧・保存できるこ
と
⑶ 電子化の承諾は、書面により取得することとし、その控えを交付すること(オン
ライン完結型特定継続的役務提供を除く)
⑷ 消費者が高齢者である場合、事業者は、家族等の第三者にも電子データの同時提
供を希望するか意思確認し、希望があるときには家族等へ電子データを同時提供す
ること
2 電子データの提供方法等について
契約条項を電子データで提供する場合の方法等については、少なくとも以下の内容
を政省令に定めるべきである。
⑴ 電子データの提供方法は、事業者が契約条項全体の一覧性を確保し改ざん防止措置
を講じたPDFファイルを電子メールに添付して消費者に送信して閲覧・保存を促す
こと、及び、消費者が当該電子メールを受信して添付ファイルを閲覧・保存した上で
その旨の確認メールを事業者に返信するものとすること
⑵ 電子データをPDFファイルで送信する際、電子メール本文に、以下の事項を明
記すること
①契約を特定する事項(契約申込日・商品名・代金額・事業者名)
②電子データが契約書面に代わる重要なものであること
③消費者が添付ファイルを閲覧・保存したうえで確認メールを返信した日(又は事
業者が消費者の受領を確認した日)がクーリング・オフの起算日であること
⑶ 事業者が電子データを提供した場合のクーリング・オフの起算日は、消費者が添
付ファイルを閲覧・保存したうえで確認メールを返信した日(又は事業者が消費者
の受領を確認した日)とすること
第2 意見の理由
1 はじめに
⑴ 書面交付義務の電子化にかかる特定商取引法等の改正
「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の
一部を改正する法律」(令和3年法律第72号)が2021(令和3)年6月に成立し
た。同法は、特定商取引法等に定められたいわゆる書面交付義務について、書面の電子
化を認める内容の改正法である(以下「本改正法」という。)。
当会は2021(令和3)年3月8日付「特定商取引法および特定商品預託法におけ
る契約書面等の電子化に反対する会長声明」を発出し、書面交付義務の電子化に反対し
てきたが、本改正法が成立した。
消費者庁において「特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会」が開催さ
れ、書面交付義務の電子化に関する政省令事項の在り方が検討されている現状に鑑み
れば、次に述べる消費者保護機能が損なわれないよう政省令の在り方について意見を
述べるものである。
⑵ 書面交付義務の消費者保護機能
特定商取引法等が適用対象とする各取引類型は、訪問販売やマルチ商法など、不意打
ち的・攻撃的勧誘、利益誘導的勧誘等により、消費者の主体的な意思形成がゆがめられ、
被害が発生しやすいという特徴がある。そこで、特定商取引法等は、事業者にクーリン
グ・オフ制度を記載した書面の交付義務を定め、消費者に冷静に考え直すクーリング・
オフの機会を保障している。このクーリング・オフ制度は、交付書面に目立つよう赤字・
赤枠・8ポイント以上の活字でクーリング・オフ条項の正確な記載を義務付けることに
より、現実にこれを認識・行使する機会を確保して消費者を保護している。
デジタル社会の推進も、このような書面交付義務が担う消費者保護機能を損なうも
のであってはならない。
また、特定商取引法等の対象取引類型は、既に書面交付義務の電子化を導入している
電気通信事業法や割賦販売法の分野と異なり、不当な勧誘行為によって消費者被害が
発生しやすいうえ、参入規制がなく、平素の業務適正化を図る義務規定も存在しない分
野である。
したがって、特定商取引法等における書面交付義務の電子化に関する承諾要件や電
子データの提供方法を政省令の改正により具体化するにあたっては、以下のとおり他
の法分野よりも厳格な制度設計が必要である。その観点から本意見書では政省令の具
体案を提示するものである。
2 真意に基づく「承諾」の取得方法について(意見の趣旨第1項)
⑴ 同⑴について
電子データでの提供について消費者の真意に基づく「承諾」があるといえるため
には、消費者が書面交付義務の意義と効果を理解できていることが不可欠の前提と
なる。
そこで、事業者は、あらかじめ消費者に対し、①書面交付が原則であること、②書
面交付に代えて提供する電子データが契約内容やクーリング・オフ制度を記録した
重要なものであること、③消費者が添付ファイルを閲覧・保存したうえで確認メー
ルを返信した日(又は事業者が消費者の受領を確認した日)がクーリング・オフの起
算日となることを説明する義務を負うものとすべきである。
⑵ 同⑵について
消費者が真意に基づく「承諾」をするためには、スマートフォンやパソコン等の電
子機器を自ら操作して電子データの提供に対応できる能力があることも不可欠の前
提である。特に、デジタル機器に不慣れな高齢者や障がい者は、デジタル技術を利用
した新手の消費者取引の被害に遭うおそれが大きい。
そこで、事業者は、あらかじめ消費者が適合性を有することを確認する義務を負
うとすべきである。具体的には①スマートフォン・パソコン等の電子機器を操作し
て電子メールの受信・送信ができること、②電子メールの添付ファイルを閲覧・保
存できること、③webサイトにアクセス・ログインして電子データを閲覧・保存でき
ることを確認する義務を負うものとすべきである。
⑶ 同⑶について
上述のとおり特定商取引法等が適用対象とする各取引類型は、訪問販売やマルチ
商法など、不意打ち的・攻撃的勧誘、利益誘導的勧誘等により、消費者の主体的な意
思形成がゆがめられ、被害が発生しやすいという特徴がある。このことからすると、
書面交付義務の電子化においても、口頭による説明と承諾のやりとりのみでは、真意
に基づく承諾が確保されない。また、その存否をめぐる事後的紛争を避けられない。
そこで、書面交付義務の電子化における承諾の取得は、オンラインでアクセスして
契約を締結しオンラインで役務提供を行うオンライン完結型特定継続的役務提供を
除き、書面による承諾を得てその控えを交付する方法によるべきである。なお、オ
ンライン完結型特定継続的役務提供の場合であっても、例えば電子データによる承
諾の取得と承諾記録の控えを提供する等、消費者の真意に基づく承諾が確保される
手段が講じられるべきである。
⑷ 同⑷について
高齢者については、判断能力の低下などにより、特に悪徳業者のターゲットになり
やすく、被害が増大する危険がある。書面が電子化されれば、家族等が契約書類を発
見して被害救済に結びつけることも困難となる。
そこで、消費者が高齢者である場合、事業者が書面の電子化の承諾を求めるには
家族等の第三者にも電子データの同時提供を希望するか意思確認する義務を負い、
希望する場合には電子データを同時に提供することが求められるものとすべきであ
る。
3 電子データの提供方法等について(意見の趣旨第2項)
⑴ 同⑴について
消費者に交付される電子データは、契約条項全体の一覧性が確保され、後に改ざん
することが不可能な形式で送信され、閲覧・保存されることが必須である。
この点に関して、SNSにPDFファイル形式の電子データを添付して送信する
という方法もあり得るが、消費者が自身の使用する電子機器に当該ファイルを保存
するためには別途ダウンロードの操作が必要になり、電子データの保存機能が確保
できないこと、SNSは運営する各事業者によって仕組みが異なり統一的なルール
を定めることが困難であること等から、社会において長期間安定して利用されてき
た電子メールにより交付する方法を採用すべきである。
⑵ 同⑵について
電子データが交付された場合、書面と比べて消費者が添付ファイルを開いて確認し
ないおそれが強い。また、添付ファイルを開いて閲覧したとしても、添付ファイルの
詳細な契約条項はメール本文と比べて文字が小さく、クーリング・オフ制度等の確認
は困難である。
そこで、書面による契約内容の確認とクーリング・オフ制度についての告知機能を
確保するため、電子データをPDFファイルで送信する際、送信する電子メール本文
に、①契約を特定する事項(契約申込日・商品名・代金額・事業者名)、②電子データ
が契約書面に代わる重要なものであること、③消費者が添付ファイルを閲覧・保存し
たうえで確認メールを返信した日(又は事業者が消費者の受領を確認した日)がクー
リング・オフの起算日であることを明記させるべきである。
⑶ 同⑶について
特定商取引法等の書面交付に代わる電子データの到達時期は、消費者が契約条項と
クーリング・オフ制度の存在を現実的に確認でき、かつ、事業者にとっても共通の明
確な時点でなければならない。
そこで、事業者が電子データを提供した場合のクーリング・オフの起算日は、消費
者が添付ファイルを閲覧・保存したうえで確認メールを返信した日とすべきである。
以上